Dannagal Goldthwaite Young著「Wrong: How Media, Politics, and Identity Drive Our Appetite for Misinformation」

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Dannagal Goldthwaite Young著「Wrong: How Media, Politics, and Identity Drive Our Appetite for Misinformation

コロナウイルス・パンデミックと2020年大統領選挙を経て、どうして多くの人は間違った情報を信じ込んでしまうのか、という問題に迫る本。もうさんざん論じ尽くされてきたトピックで今更感があるのだけれど、右派と左派がそれぞれ好むコメディの質とそれによって生じるメディアの違いについて論じた著者の前著「Irony and Outrage: The Polarized Landscape of Rage, Fear, and Laughter in the United States」がおもしろかったので手に取った。

本書の特徴は、さまざまな誤情報の供給側(政治家やコメンテータ、ソーシャルメディアを含むメディア、さらにはロシアなど他国の工作など)ではなく需要側にフォーカスしていること。すなわち、パンデミックや大統領選挙についての嘘がどのようにして広められたかという具体的なプロセスではなく、そうした嘘にわたしたちが乗せられて信じてしまうのはどうしてか、という問題の建て方をしている。

著者は大半の社会科学の研究者と同じくどちらかといえばリベラルに属する人だが、夫が脳腫瘍をわずらい何度かの手術を受けるも再発を繰り返し、記憶や会話が危うくなるなか、かれが病気になった理由や治療がうまくいかない理由を知ろうとしてネットで検索を繰り返し、陰謀論的な発想に取り憑かれそうになったが、かれとの残された時間をできるだけ楽しく暮らそうという家族や仲間に引き止められる経験をした。2020年春にコロナウイルス・パンデミックがはじまり陰謀論が吹き荒れると、著者はVoxに「わたしも陰謀論者でした」という記事を寄稿し、その経験を共有することで、陰謀論に魅了されようとしている人たちに現実にとどまるよう呼びかけるとともに、周囲の人たちにかれらを理解し支えるよう訴えた。

人々が陰謀論や誤情報に飛びついてしまう理由として、著者は3つのC、すなわち理解(comprehension)、制御(control)、コミュニティ(community)の3つを挙げる。人は理不尽なことや自分の理解できないこと、受け入れがたいことに直面すると、それを理解し制御しようとし、また同じように感じるコミュニティを求める。陰謀論は単純な悪の存在を作り出すことで「理解したい」という欲求に応えるとともに、そうした悪と戦うことで事象の制御を可能にし、また同じ陰謀論を信じる仲間たちとのコミュニティを提供してみせる。それが事実に基づかないものであっても、陰謀論は人間的な必要性に応えることで人々のあいだで広がっていく。

もちろんそこには、意図的に陰謀論を広めることで権力や利益を得ようとする人たちもいる。たとえばトランプ陣営によって不正に関わったとして散々叩かれた投票機製造メーカーがそうした陰謀論を何百回も取り上げて拡散したFOX Newsを訴えた裁判では、FOX News内部のコミュニケーションが証拠として採用され、同社の幹部やホストらがそもそも陰謀論を一切信じていなかったこと、にも関わらずそれが視聴率のために有用だと信じて積極的に拡散していたことがわかった。陰謀論や誤情報の拡散は右派だけでなく左派にもあるが、現代アメリカにおいて左派やリベラルが多様な背景や主義主張を持つコミュニティの連合体であるのに対して右派は白人・男性・キリスト教ナショナリズム・田舎といった共通性のある集団であるため、右派の陰謀論のほうが肥大化しやすく社会的影響が大きい。

陰謀論に魅了されるのは人間の心理上ある程度は仕方がないことであるなら、どのように対処すればいいのか。政治的分断を解消させるためには究極的には小選挙区制の廃止や比例代表制の導入などが必要だが、現実的ではない。著者はメディアが政治家や政党間の対立や抗争ではなく政治的課題、とくにローカルな自治体政府の運営にフォーカスするよう呼びかけるとともに、一般の人たちが公共メディアを支援するなどそうしたメディアを支えるよう訴えるが、対立を煽ることで儲かることを知っているメディアが既に存在し、人々が自由に自分の政治的立場に沿ったメディアを選べる現状、やっぱり無理な気がする。他国よりは弱いながらも存在するPBSやNPRなどの公共メディアもとっくに保守からは「リベラルメディア」と決めつけられてしまっているし。