Clare Mac Cumhaill & Rachael Wiseman著「Metaphysical Animals: How Four Women Brought Philosophy Back to Life」

Metaphysical Animals

Clare Mac Cumhaill & Rachael Wiseman著「Metaphysical Animals: How Four Women Brought Philosophy Back to Life

ナチスドイツがヨーロッパ全土に支配を拡大しつつあった1940年代前半、哲学を学ぶために進学したオックスフォード大学で出会った四人の女子学生たちの友情と哲学についての本。ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの弟子としてかれの業績を本にまとめたり翻訳したことで有名な分析哲学者エリザベス・アンスコム(G.E.M.アンスコム)を筆頭に、よく知られている「トロッコ問題」を考案した徳倫理哲学者のフィリパ・フット、科学哲学と道徳哲学の橋渡しをしたマリー・ミッジリー、そして哲学書だけでなく道徳哲学を元にした小説の著者としても成功したアイリス・マードックがその四人。

アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」という本があるが、まさにそのタイトルが指摘するように、哲学は家事や育児など生活に必要な家庭内労働から切り離された(それらを身近な女性に押し付けた)孤高な男性が行うものと思われがちだけれど、四人の女子学生たちはそれぞれ家庭を抱え妊娠・出産をしつつ、同じ哲学科の男子学生が戦場や役所に動員されるなどして休学するなか、かれらがいなくなった大学でのびのびと研究し、友情を紡いだ。

男がいない(少ない)学園で四人の仲良し女子、という設定だけ見るとなんだかよくあるゆるふわ日常系4コマ漫画のネタになりそうな感じだけど、実際のところ同じ男や教職を奪い合ったりしていてしばらく関係が途絶えたり殺伐とするフェイズも。ナチスドイツがフランスを占領していよいよイギリスにも爆撃をはじめると、彼女たちも役所や産業でも仕事に動員された。また、もともとバートランド・ラッセルらの影響によりイギリス哲学界では緻密な論理を重視する風潮が強いなか、ヴィトゲンシュタインやウィーン学団の哲学者らがナチスを逃れイギリスに移住してきたことも重なり、形而上学の地位が弱まっていたのだけれど、上の紹介で触れたとおり、四人の女性哲学者たちは道徳哲学に強い興味を示した。それはかれらが後方で経験した第二次世界大戦の2つの悲劇、ホロコーストと原爆投下という歴史的事件に衝撃を受けてのことだった。

四人のなかでも(おそらく)一番有名で、一番おもしろいエピソードが多いのは、やはりエリザベス・アンスコム。明石書店のサイトに掲載されている哲学者・児玉聡氏の「怒りに震える女、アンスコム」「怒りに震える女、アンスコム(続)」というエッセイでは「奇人変人の多いオックスフォード哲学者の中でも、エリザベス・アンスコムの武勇伝は別格の観がある」とまで書かれているほどで、詳しくはこの本かそちらのページを読んで欲しいのだけれど、それらに続く「アンスコムと堕落した哲学者たち」で紹介されているハリー・トゥルーマン元大統領に対する名誉博士号授与への反対スピーチは彼女の(そしてフィリパ・フットらの)思想を象徴する出来事。彼女は「トゥルーマンによる原爆投下の決定が日本の降伏を早め、多くの米兵や日本の民間人の命が失われるのを防いだ」という事実認識は受け入れたうえで、結果が良ければそれで良いという帰結主義の考え方を批判し正しい目的のためであっても罪のない人たちの意図的な殺戮は倫理的に認められない、それを行ったトゥルーマンに対して名誉博士号を授与するべきではない、と主張した。(帰結主義への批判については、以前わたしがフィリパ・フットと「トロッコ問題」について書いた記事その追記も参照。)

とわかったようなフリして書いているけど、わたし哲学については現役じゃないんで、この本を読むのは正直けっこう難しかった。よくわからないまま読み勧めて、あとから「ああ、そういうことか」って気づいたことも何度か。こんなおもしろい人たちについての伝記なのに哲学についてよく知っている人しか楽しめないのは残念!と思ったけれども、まあぜんぜん哲学を学んでいない人はそもそもこの本に興味持たないのかもしれない。