Christine Wenc著「Funny Because It’s True: How The Onion Created Modern American News Satire」

Funny Because It's True

Christine Wenc著「Funny Because It’s True: How The Onion Created Modern American News Satire

1988年にウィスコンシン大学マディソン校の学生たちによって創刊された風刺新聞「The Onion」の歴史についての本。

一般の新聞のスタイルを取りつつ社会や政治を風刺したりパロディにする同紙は、マディソンと同じくリベラルな文化のある大学街で主に売られ人気を博したが、ウェブサイト公開とともに影響力を増し、2000年代にジョン・スチュアートやスティーヴン・コーベアによるニュース番組風のコメディ番組の登場に先駆けたほか、ときにはパロディとして書かれた記事の内容が国外のメディアによって事実として紹介されたり、陰謀論を信じる人たちによって根拠として引用されたりもした。ビジネスとしてはニューヨークに本拠地を移転したところ家賃などの経費が増え破綻しかけたり、経営者と労働者の対立や既に自分に割り当てられた所有権を売却して離れていた創業者がそれに担ぎ出されて迷惑かけたりとか、ドタバタが過ぎる。大学の仲間で創業してたまたまうまくいったから続いてしまったけど、本来事業を成功させられるような体制ではなかったことが分かる。

またThe Onionの歴史にはメディア環境の激変も強く関わってくる。インターネットへのアクセスが普及したことでウェブサイトを設立すると、風刺新聞の記事とは気づかないまま同紙の記事を読んで信じ込んでしまう人が頻出したし、ケーブルテレビの一般化・拡大、そして24時間ニュースを流す専門チャンネルの登場により、それまでの中立的なニュースだけでなく保守やリベラルの立場に偏向したニュース・エンターテインメントの番組が増えThe Onionへの競争相手になる。ニュースの形態でウソの話を通してその背後にある社会や政治の真実を明らかにするThe Onionのスタイルと、同じようにニュースの形態でウソの話をまるで真実であるかのように報じるFOX Newsなどのあり方はまったく異なるのだけれど、外見的にそれらを区別するには前提となる知識や政治への理解が必要となる。

またブロードバンド・インターネットの普及とともに動画サイトが活発になると、The Onionでも独自の24時間ケーブルチャンネルの番組、という設定で風刺ニュースの動画を流すが、ソーシャルメディアが広まり人々がごく短い動画を求めるようになるとそれなりのセットアップを必要とする同紙の面白さは伝わらなくなり苦労する。また、思い切って制作したThe Onionの映画は予定以上の予算と時間をかけても迷走したあげく劇場公開ではなくDVDで販売することになり酷評された。でも数百年の歴史があるThe Onionが20世紀の数々の重大事件をどう報じたか当時の一面を通して示す、という設定の「Our Dumb Century」は細かいところまであらゆるパターンの風刺が詰まっていて名作だと思っている。

そういえばしばらくThe Onionの記事を見かけないなあ(たぶんわたしがあんまりソーシャルメディアを見ないからだと思うけど)と思ってサイトに行ってみたら、いまもかわらずキレキレの風刺記事を掲載していておもしろかったのだけれど、いまのアメリカの状況って風刺してどうかなる段階じゃないと思うのよね… ジョン・スチュアートの影響がピークだった時にも言われたけれど、仮に多くの若者がThe Daily Showなどのニュース風コメディ番組を通して政治について(ニュース番組で学べる以上に)学んだとしても、あーおもしろかった、こいつバカだなあ、あいつはけしからん、としてエンターテインメントとして消費するだけになっては駄目なんだよほんとに。あとThe Onionのコメディがパンチアップ(弱者ではなく強者を風刺する)に徹している点には一定の安心感を感じるけれど、本書の表紙を見ると分かるとおり歴史的に主に白人男性が書いて白人男性が読むメディアであり、そこに欠落している視点も多いと思う。