Casey Michel著「Foreign Agents: How American Lobbyists and Lawmakers Threaten Democracy Around the World」
アメリカ政府の政策に影響を与えようとする外国政府のロビー活動と、独裁国家や深刻な人権侵害を行う外国の利益のためにロビー活動をしてきたアメリカ人たちについての本。
ロビー活動とは政策に影響を与えようとするあらゆる行為のことを指し、憲法によってアメリカ市民に保証された権利。いっぽう外国政府の利益のために雇われてアメリカ政府の政策に影響を与えようとする行為は法律で規制されており、届け出が必要なことはもちろん、さまざまな制約が課されている。しかし実際にはそうした規制はほとんど執行されておらず、届け出すら出さずに外国政府のエージェントとして活動する元政治家や法律家、コンサルタントなどが大勢いる。
本書が特に注目するのは、20世紀初頭にパブリック・リレーションズ(PR活動)の概念を生み出し広めた一方で晩年にはナチスドイツの宣伝を行ったアイヴィー・リーと、フィリピンのフェルナンド・マルコスほかアジアやアフリカの多数の独裁者のためにロビー活動をし、ウクライナでは親ロシアのヤヌコヴィッチ大統領の側近としてかれを支え、ヤヌコヴィッチが市民運動によって二度目の失脚したのちトランプの側近となったポール・マナフォートという、時代を代表する二人の超大物ロビイストだが、アメリカ政府による規制の対象となるロビー業者だけでなく、法律事務所、メディア、学界、シンクタンクなどにも外国の資金が流れ込み実質的に出資国の立場を代弁していることを指摘している。
トランプ陣営の選挙対策本部長としてロシアとの裏チャンネルを使っていたマナフォートや、登録しないままトルコの利益のためにロビー活動をしていたマイケル・フリン(トランプの最初の国家安全補佐官でのちにトランプによる選挙結果否認に加担)がロシアによる選挙介入を調査していた捜査員にウソをついたことで有罪となった(のちにトランプによって恩赦)ことに象徴的なように、トランプ政権は歴代のアメリカ政府のなかでも外国のロビイストとして活動したことのある人物が多数含まれる異例の布陣だった。しかし同時に、中国による孔子学院の拡大に歯止めをかけるなど、それまでほとんど無視されてきたシンクタンクや学界における外国資金の影響についてはじめて正面から取り組み、外国からの影響力を削ごうとしたのもトランプ政権。へえ、トランプ政権も良いことをやったんだなと思ったら、シンクタンクや学界が本業のロビイストたちにとって商売敵になるから排除しようとしたんだって著者が書いていて、なんだかすごく納得。
以前は外国政府のロビイストとなるのは政治家本人よりマナフォートやロジャー・ストーンらその周辺で働いていた人たちが中心だったのだけれど、1996年の大統領選挙で共和党候補だったボブ・ドール上院議員が引退後にマナフォートの助けを借りてアラブ首長国連邦やコンゴ民主共和国などのロビイストとして大成功したことをきっかけに、政治家たちが政界引退後に外国政府のロビイストになることが一般的になる。元議員の立場はロビイストとして売りになるらしく、中にははじめからロビイストとして稼ぐことを狙って一期だけ議員になろうとしたように見える人も。マナフォートやフリンは共和党員だけれど、外国のロビイストになるのは民主党の元政治家も同じで、そういえば日本政府に雇われて「慰安婦」碑設置反対のために動いていた民主党の元上院議員もいたなあ(のちに議会に返り咲こうとして選挙に出たけど、サウジアラビア政府のロビイストをやっていたことがバレて落選)。
最近でも、民主党のボブ・メネンデス上院議員が賄賂を受取り外交委員会のメンバーであることを利用してエジプトやカタールの利益のために働いていたことで起訴されている。現職議員が、しかも外交委員会のメンバーが、その地位を悪用して外国政府に便宜をはかっていたことが明らかになったことで、長いあいだ実効性のある執行が行われてこなかったロビイスト規制を是正する機会が来たのかもしれない、と著者は期待を寄せるている。しかし議員たちにとっては政界引退後にロビイストになることの金銭的な魅力は大きく、楽観視はできない。
マナフォートやストーンは政界では有名だったとはいえ、トランプ政権になって表に出てくるまではあまり一般市民に知られていた人ではなかったので、トランプ政権以前にもこんないろいろヤバいことやってたんだと確認できたのは良かった。ヤヌコヴィッチに力強い指導者として見られるためのファッションやプレゼンテーションのアドバイスをしたり、ウクライナ東部にいるロシア語を話す人たちが迫害されているとか反対派はネオナチだというレトリックを使えと提案するなど、ウクライナでここ20年に起きた混乱と、ロシアによる侵略のかなりの部分はマナフォートのせいじゃないかと思えるほど。かれら外国ロビイストたちの活動は、アメリカの政策を歪めて国益を傷つけるだけでなく、かれらを雇う独裁者や強権的な指導者たちの立場を強くし、それらの国の人々を苦しめている。