
Nina Sankovitch著「Not Your Founding Father: How a Nonbinary Minister Became America’s Most Radical Revolutionary」
アメリカ建国期に神の啓示を受けたとして独自の教団を創設したノンバイナリー的な歴史体人物の伝記。当人はもともとクエーカー教徒の家庭でジェミマ・ウィルキンソンという女性として育ったが、アメリカが独立を宣言した1776年、当時23歳だったウィルキンソンは重病から奇跡的に生還するとともに過去の自分は死んだと宣言、男性でも女性でもない新たな人間パブリック・ユニバーサル・フレンドを名乗って布教をはじめる。
ある意味アメリカという国が生まれてはじめて誕生したカルトの一つだけれど、「公的な世界共通の友人」というふざけた名前を名乗り男性でも女性でもない神の預言者であり男装とも女装ともつかない服装をしたフレンドが支持を集め信仰者たちを率いるようになったというのは衝撃的。過去にもフレンドの伝記は二冊出ているらしいけれど、うち一つはフレンドのことをsheと表記しもう一つはheと表記しているらしく、本書はフレンド自身が行ったように極力ジェンダーを表す代名詞を使わず記述されているので、この紹介文でもそれに習いたいと思う。もちろん当時はノンバイナリーなんていうアイデンティティは存在せず、フレンドのことをノンバイナリーと表現することが適切かどうかは議論が分かれるところだけれど、そんなに古い時代にノンバイナリー的に生きた人がいて、その人がかなりの影響力を持っていたというのはとても興味深い。
フレンドが支持者を惹きつけたのはその精力的な説教だが、フレンドは原稿を書かなかったので残されているのは聴衆が書き残したわずかな記録のみ。ていうかそもそも当時女の子として育てられたフレンドが識字教育を受けていないのはある意味当たり前。ほかの宗教指導者らの説教をパクっていたこともわかっているけれども、同じ説教であってもそれをより説得力をもって伝えることができる才能があったのだろうと思う。当時もちろん女性の社会的地位は低かったけれども、同時期にアメリカで広まったシェーカー教が女性の教祖によって率いられていたように、必ずしも女性のままでは宗教指導者にはなれないというわけではなく、フレンドがノンバイナリー的な生き方を選んだのは地位を得るための都合だけではなかったはず。というか男性を名乗るならまだしもノンバイナリー的に自認したところで別に有利にはならない。
フレンドが率いる教団はアメリカにエデンの楽園を再現すべく土地の確保を進め、奴隷制度への反対や近隣の先住民たちとの対等な関係を目指すなど当時としては先進的な考えを持っていたが、実際の土地の取得に際しては先住民から騙し取ったり奪い取った土地を信者が教団に寄贈するなど矛盾もあった。また法的には女性とされたフレンド本人による土地の所有は厳しく制限されていたばかりか、本人が自身の法的な名前を書類に残すことを嫌い土地の名義を信者たちのものにしていたせいで、名目上の所有者である信者の遺産騒動に巻き込まれ土地を失ったりするなどの困難も。そうした混乱もあり、フレンドの死去とともに教団は解散に向かっていった。
18世紀のアメリカにノンバイナリー的な宗教指導者がいたから何?という気もするのだけれど、著者はフレンドの宗教思想に建国されたばかりのアメリカがたどることができたオルタナティヴな歴史を見出し、そのラディカルな、しかし実現することがなかった、もう一つのアメリカの可能性に思いを馳せる。もしフレンドが「へえーこんな人がいたんだおもしれー」と興味深く思い出されるだけの歴史的人物でなく、アメリカの歴史により深く関わる建国の偉人の一人となっていたら、わたしたちが住むアメリカは今頃どれだけ違った国になっていただろうか。