Adam Aleksic著「Algospeak: How Social Media Is Transforming the Future of Language」
言語学インフルエンサーとして活躍する著者が、ソーシャルメディアによって言語がどのように変化してきたか、どのように変化していくのか語る本。
タイトルの「アルゴスピーク」は現代の言語的イノベーションが単にコミュニティ内のコミュニケーションだけでなくソーシャルメディアのアルゴリズムによって強く影響されていることを指し示している。しかしアルゴリズムの影響はTikTokをはじめとするソーシャルメディアの運営による検閲やシャドウバンを避けるための造語や絵文字の利用にとどまらず、配信によって収益を得るインフルエンサーたちがそうしたアルゴリズムを前提としてエンゲージメントを増やすために創意工夫をこらした結果でもある。
著者自身、言語や語源などについて語るショート動画を配信する配信者として活動しており、動画の何秒目にこの表現をしたらスクロールされた、などのデータをもとに細かく語彙のチョイスやイントネーション、話すスピードなどを研究していて、こりゃそこらの政治家や活動家が若い人の支持を集めようとして動画を流しても見向きもされないわけだと思った。インフルエンサーの中でも著者のような学術的なものと美容系では当然使うべき語彙やイントネーションは異なるし、それもどんどん変化していき、まるでニュース原稿を読むキャスターが独自の語調を身につけるように、ソーシャルメディア・インフルエンサーのあいだでもそれぞれの分野に特化した語彙やイントネーションが広まっていく。一方で英語圏の覇権が強化され、地域的な言語的多様性が失われつつあるなか、アイデンティティやコミュニティによって言語が細分化されている。
そうしたなかにはもちろん、インセルや白人至上主義者のように閉鎖的なコミュニティの中で独自の思想だけでなく語彙や表現を発達させるものもあり、それがコミュニティの外側に流出して支持されるといった危険も。たとえば本書で取り上げられている、インセル・コミュニティで生まれたとされる女性蔑視的な言葉が、あるフェミニストによってトランス女性に対する蔑称として使われたり。また、言語的イノベーションは女性やクィア、非白人など社会的権力が少ない側によってその権力の不均衡に対抗するかたちで担われてきたが、ソーシャルメディアを通してそれが外部に流通すると文脈が失われ、黒人が話すと「間違った英語」として叩かれるのに白人が真似するとカッコいいと評価されたり、そうと意識されないまま文化的窃盗が起きる。著者のような言語インフルエンサーがそれを批判したところで大した影響はなく、たまに騒がれては(大抵は女性の)個別のインフルエンサーが叩かれておしまい。
しかしやっぱり本書はマイナーなジャンルとはいえそこそこ成功しているインフルエンサーの著者が、成功するためにどれだけ創意工夫を重ねているかということが分かって、なにこれ怖いわたし絶対無理だわ、と思ってしまった。まあソーシャルメディアインフルエンサーに限らず普通の芸能人とか政治家とかわたしには絶対無理な職業はいくらでもあるけど、言語がどうこうよりインフルエンサー業界のヤバさのほうがやたらと印象に残った。