Juliet Hooker著「Black Grief/White Grievance: The Politics of Loss」
「黒人の悲嘆・白人の不満」と題する本書は、民主主義に参加するうえで時に受け入れざるを得ない喪失や敗北がアメリカにおいて人種間のあいだで固定してしまい、喪失を受け入れそれでも平和的な問題解決を目指さなければいけない黒人と、これまでの不当な権力の独占を失いつつある、将来失うことへの恐怖から不満を爆発させる白人たちの感情の政治についての政治学者による本。
民主主義とは市民が政治のあり方を決めることができる制度であるとともに、選挙のたびに勝者と敗者が生まれ、負けた側は政策やメッセージ戦略を向上させたり地道な組織化を進めて次の機会に政権の奪還を目指すといった「正しい敗者のふるまい」を求める制度でもある。しかしアメリカの歴史において、黒人は人口だけでなく財産や権力において圧倒的な力を持つ白人たちとの関係において常に敗北を強いられており、南北戦争の勝利による奴隷解放や公民権運動の成果としての公民権法や投票権法の成立などささやかな勝利を得ることがあっても、そうした変化に恐怖を感じた白人たちによるバックラッシュによりすぐにそれらの成果を脅かされることになる。それは黒人として初めてアメリカ大統領に当選したバラック・オバマの登場に対するバックラッシュとして白人至上主義が活発化し、アトランタやフィラデルフィアなど黒人有権者が多い地域の投票に不正があったとして選挙の結果を認めず議事堂占拠事件を引き起こしたトランプによる「大いなる嘘」が多くの白人の支持を得た21世紀になっても変わっていない。
奴隷解放やリコンストラクション政策へのバックラッシュとしてのジム・クロウ法制度や、トランプの主に白人の支持者たちによる連邦議事堂占拠事件、そしてユダヤ人によって非白人の移民が集められアメリカの主導権が白人から奪われるというリプレースメント・セオリーと呼ばれる陰謀論を見ても分かるとおり、白人たちは現実あるいは架空の敗北や喪失に対してみっともない、そして暴力的な抵抗を起こしてきた。その一方、警察による暴力や住居政策を通した経済的簒奪によって生み出される経済格差や教育格差・医療格差などによって命を奪われる黒人たちは、「黒人の命を粗末にするな」(ブラック・ライヴズ・マター)の掛け声のもと、喪失を平和的な運動に転換することで白人の支持を得るよう強いられている。繰り返される警察による黒人市民の殺害や、白人至上主義者による黒人教会などへのテロ攻撃の結果、ここ5年ほどようやく奴隷制を守るために戦った南軍の指導者たちの像や南軍旗の公共の場所からの撤去が進んでいるが、人種差別のシンボルの撤去という白人側の喪失と、普通に暮らしていただけの多くの黒人市民たちの死とでは、喪失が釣り合っていない。
本書は黒人と白人の双方がそれぞれ異なる形で喪失をめぐる感情の政治を刷新することを提言する。白人は民主主義において敗北や喪失が付き物であることを受け入れ、黒人やその他のマイノリティによる権利獲得が必ずしも不正だとか白人に対する迫害だと反発するのを辞めなければいけないし、黒人は喪失の感情を白人からの同情を得るために道具化する政治的必要性から自由になる必要がある。そうは言ってもどうするんだよ、という気はするけれども、少なくとも自称リベラルな白人たちは不当な喪失の割り当てに安住していてはいけないことに気づくべきだ。