Geoff Manaugh & Nicola Twilley著「Until Proven Safe: The History and Future of Quarantine」

Until Proven Safe

Geoff Manaugh & Nicola Twilley著「Until Proven Safe: The History and Future of Quarantine

コロナパンデミックが始まるより以前から著者たちはリサーチをはじめていたという隔離検疫の歴史と未来についての本。とてもよかった。タイトルにある通り、ここでいう隔離検疫 quarantine とは何らかの危険が懸念される人や物を一定期間隔離して安全であることが確認されるまで観察することで、なんらかの感染症にかかっていることが確認された人を隔離することとは違う。医学の発展により検査や検疫の技術が確立されると同時に、それが人種差別や宗教差別と結びついて特定の集団の自由を奪うために利用されたり、パニックや陰謀論を巻き起こしたり、フーコーが指摘したように政府による監視や権限拡大の口実になったりもした。

いまでは国家による人々の管理の手段として当たり前のようになっている身分証明書やパスポートの起源が、現にいま世界中で議論されている「ワクチンパスポート」と類似の無感染証明書だったことや、中国政府が武漢その他でコロナウイルス封じ込めに使った技術が香港などの市民運動を弾圧するために使われていることなど。アメリカでも、感染データ分析やワクチン配給にPalantirのように監視技術を軍や警察に提供している企業が受注していたり、アマゾンがAlexaやスマートドア、スマート家電を通して住人の健康状態を管理する特許を取っていたりして、今後そうした技術がどう使われるかという懸念がある。世界の航空便データと公衆衛生データをマイニングすることで、パンデミックが起きたときにどうすればできるだけ経済的なダメージを避けつつ感染拡大を最小化することができるか(全世界の空港を閉鎖させるのではなく、拡大に寄与する特定の便だけ停止させるなど)といった研究は進んでいて、その行き着く先には、AlexaやSiriが個人の感染を予知して安全が確認されるまでその人が外出しないように勝手にドアをロックする、という可能性も。というか現に、感染症予防を理由にホームレスの人たちがモノのようにあちこちの倉庫のような施設に移動させられたりしている。

そういう例も含めて、エビデンスに基づいた公衆衛生行政と、それが社会的弱者に負担を集中させないような仕組みと、そして政府がいざというときに市民に協力を促せるように普段から透明性と信頼を積み重ねることの大切さを感じる。考えさせられた本。