Elizabeth Cummins Muñoz著「Mothercoin: The Stories of Immigrant Nannies」

Mothercoin

Elizabeth Cummins Muñoz著「Mothercoin: The Stories of Immigrant Nannies

メキシコ系アメリカ人の母親が、幼い子どもを遊ばせるために訪れる公園で出会った中米出身のナニー(より裕福な家庭に雇われて子どもの世話をする女性)たちから聞き取った彼女たちの経験を綴った本。自分の子どもを育てている著者に対して、ナニーたちは自分の子どもを故郷に置いてきたり、あまり環境の良くない同郷出身のほかの女性に預けたりして、より裕福な、多くは白人の家庭の子どもの世話をしていた。それはアメリカで一緒に暮らす家族だけでなく貧しい故郷で仕送りを待っている親族の生活を支えるために必要なことで、子どもたちに十分な食べ物や衣服を与えるための労働なのだけれど、白人家庭の高い期待に応えるためかれらの子どもに愛情と忍耐を注ぎ込む一方、本当に愛している自分の子どもたちを見捨てているのではないか、という自責の念にもかられる。故郷に置き去りにされた子どもたちが経済的な事情をわからずに「自分は母親に愛されていないのではないか、捨てられたのではないか」という気持ちを抱きつつ育つ一方、一緒にアメリカに連れてこられた(あるいはあとから危険を覚悟で見知らぬ密入国ブローカーに連れてきてもらった)子どもたちも、日中は白人の子どもに母親を取られ、夜帰ってきても世話で疲れ果てた母親との関係は回復できない。

子どもを放置しているという不安や自責の念は、彼女たちを雇う側の母親たちの多くも感じていることだ。キャリアのため、あるいは生活のため、多くのアメリカ人女性たちは賃金を受け取るための労働に駆り出され、その収入の多くをナニーに給料として支払うことになる。アメリカ政府は、ナニーや託児所など親が働いているあいだの子どもの世話にかける費用は収入の7%以下が望ましいとしているけれど、実際のところ多くの親たちは収入の2〜3割、あるいはシングルマザーならそれ以上のコストをかけている。彼女たちも自分の子どものケアをナニーたちに任せ、ときには自分よりナニーに子どもが懐いていると気づいたり、子どもがナニーのことを思わず「ママ」と呼んでいるのを聞いて、やはり自分が子どもに与えるべき愛情を欠いているのではないかと悩む。彼女たちがナニーに対して一方的に力を持った権力者であることは明らかで、彼女たちの悩みとナニーの悩みは併置できないけれども、そのどちらもが人々の生活を保証してくれない経済構造、女性に期待される過度な性役割、政府の子育て支援の欠如、その他さまざまな社会の矛盾や不公正から生じている。

「個人的なこと」とされる家庭内の「子育て」労働は、母親がそれを行う場合経済行動とすら見なされず、無償の愛情によるものとして称賛されるものの、いっぽう専業主婦への社会的な評価の低さや経済的選択肢の少なさから、社会において軽んじられるだけでなくドメスティックバイオレンスを受けても逃げられない状況などに繋がる。一方ナニーたちは、女性の社会進出と自立という社会の建前と変わらない性役割分担や公的支援の欠如の矛盾を埋めるために動員され、性暴力を受けたり、最低賃金以下の給料で酷使されたり、妊娠を理由に解雇されたり、家でなにかが失くなったら身に覚えのないことでも責任を負わされたりするなど、法的保護を一切受けられない状況で労働させられる。家族や親族、そしてなにより自分の子どもたちの生活を支えるという愛情に駆られ、他人の子どもに対して感情的なケアを与えているのに、その大切な家族や親族、ときには自分の子どもたちからも感情的な距離ができてしまう。それでも同時に、アメリカに移住してナニーになるという選択は、彼女たちにとっては故郷で機会のない女性が自立と経済的成功を求めて選ぶ選択肢という意味では、彼女たちを雇うキャリア女性たちの思いと共通している部分もある。

著者がインタビューしたナニーたちの何人かがアメリカに来たことを後悔していたのは、家族のために選んだ選択が家族から自分を遠ざけることになった、というこの状況を理由としている。アメリカは働くにはいい場所だけれど、住みたくはない、十分にお金をためたら故郷に戻って暮らしたい、という人が多い一方、アメリカに来てから結婚したりアメリカ市民権を持つ子どもを産んだりした結果、かつては帰国したかったけれどいまはもうできない、という人も。トランプ政権時代に移民に対する対応は一気に厳しくなったけれども、アメリカはナニーや農場労働者など移民の労働を恒常的に必要としていて、その時々で厳しくなったり緩くなったりするし、合法的に入国してオーバーステイしたり違法に越境する方法も完全に閉ざされることはない。移民法を現実に合わあせてアメリカに必要な労働者が正規の権利を持って入国・帰郷できるようにするとともに、子育てに対する公的支援を西欧のレベルまで高めるなど、政策的に必要とされることはたくさんあるけれど、その第一歩として(自身は移住労働者でもナニーでもない著者による聞き取りだけれど)中米からナニーとして働くために出稼ぎに来ている女性たちの声に耳を傾けるべき。