Douglas Rushkoff著「Survival of the Richest: Escape Fantasies of the Tech Billionaires」
テクノロジーで億万長者となったシリコンバレーの「成功者」たちが自分たちが引き起こした中流社会の崩壊の悪影響からどう逃れようとしているかの分析を通して、かれらが信奉する科学主義的、そして自己中心的な人間観を批判する本。著者はテクノロジーやメディアの研究者でありIT起業家や投資家の集まりなどに呼ばれて講演することもある人だけれど、マルクス主義者を自認する立場。テクノロジー研究者であることからテクノロジー関連の未来予測を聞かれることもあるのだけれど、そのなかで、将来的に温暖化による環境難民が増加し市民社会が崩壊した場合に備えて「シェルターを作って隠れるならアラスカとニュージーランドのどちらが良いか」「群衆からシェルターを守るために護衛が必要だが、護衛に裏切られないためにはどうすればいいか」と相談される、という話から本書ははじまる。
人工知能による作業の自動化と経済格差の拡大、エネルギー消費の増加による環境悪化などの影響から逃れようとしているのは、かれらだけではない。ニュージーランドに巨額を投じてシェルターをつくているピーター・ティールや火星への移住を目指すイーロン・マスク、それよりやや控えめに居住可能な宇宙ステーションを作ろうとしているジェフ・ベゾスや、メタバースで完結する生活を目指しているマーク・ザッカーバーグまで、テクノロジー成功者たちはこぞって政治的・経済的にも環境的にも限界が迫るわたしたち一般社会からの脱出を試みている。
いっぽうそれらの問題に対してテクノロジーを通して解決を目指す人たちもいるけれども、かれらはそもそもの問題が起きた原因である現代資本主義の構造に手を加えようとはしない。非人間的な制度を温存したまま、わたしたち人間のほうがテクノロジーに順応するように求めるばかりだ。また、環境問題にせよ貧困問題にせよ、すでにその困難に直面している人たちがそれぞれの場所で対処を行っているのに、テクノロジストたちは自分たちのアイディアに巨額の資金を投じてその受け入れを強要する。わたしの周辺でも、たとえば女性やクィアやトランスの当事者たちが自腹で細々と続けてきた性労働者運動の世界でも、ここ数年シリコンバレーの億万長者が「性労働の合法化を目指す」として新たな団体を作り、性労働者たちの声を無視したまま派手なメディア展開をして乗っ取るような形になっているのでよく分かる。
コロナ危機によるロックダウンは、テクノロジー成功者たちが目指す「一般社会からの逃避」の予行演習だった。かれらは人が密集すしコロナ感染が拡大する都市部から遠方のリゾートや避暑地にある別荘に逃れ、食料やその他の必需品は同じように逃げることができないエッセンシャル・ワーカーと呼ばれる労働者によって生産・運送された。しかし危機がさらに拡大した場合、外部からの物資搬入が行えなくなったり、食料を求める暴徒に襲撃される危険もあるが、それにどう対処すべきか、と問う成功者たちに対して著者は、他者を利用するだけ利用して必要なくなったら自分たちの安全に対する脅威として排除するのではなく、自分たちのビジネスモデルが危機を生み出した責任に向き合い他の人たちとの共存を目指すよう訴えかけるとともに、わたしたち一般人に対してもテクノロジー成功者の人間観を否定し相互扶助の価値観を広めるよう呼びかける。