Tajja Isen著「Some of My Best Friends: Essays on Lip Service」

Some of My Best Friends

Tajja Isen著「Some of My Best Friends: Essays on Lip Service

トリニダード人の母とカナダ人の父を持つライターで編集者の著者による、メディアや出版界、文芸における「反人種差別」的な取り組みについてのめっちゃ鋭いエッセイ集。タイトルの「Some of my best friends」というのは「わたしの親友には黒人もいます」というような、白人が自分がレイシストであることを否定するために持ち出す常套句から取られているけれど、これに限らず「わたしは人種差別に反対しています」というアピールに使われるさまざまな常套句をサブタイトルにある「リップサービス」として斬りまくる本。

著者は子どものころアニメ声優として活動していた時期もあることから、自己紹介も兼ねて本書は子ども向けアニメにおけるキャラクターの人種描写に関するエッセイから始まる。エンターテインメントにおけるホワイトウォッシングに対する批判を受けて、マイノリティのアニメキャラクターの声優にはそのマイノリティの人を採用すべきだ、という動きが子ども向けアニメ業界でも始まっているが、白人声優がステレオティピカルでコメディックな黒人やアジア人の演技(たとえば「ザ・シンプソンズ」のアプー)をするのをやめても、ライターや監督が描く黒人やアジア人のキャラクターの描写そのものが変わらないのであれば、黒人やアジア人に自らをパロディしたような役をやらせることになる。また子ども向けアニメには動物やその他の人間以外の登場人物も多く出てくるのに、とくに人種が指定されない役は白人に回され、黒人声優は黒人キャラクターの役しか与えられなくなるおそれも。著者は白人キャラクターに黒人の有名俳優が声を当てた珍しい例などを参照し、キャラクターと声優の属性一致ではなくむしろその繋がりを解体し撹乱することの方に期待を寄せる。

また、2020年にジョージ・フロイド氏殺害とそれに対する大規模な抗議活動を受け、多くの企業や有名人などが人種差別に対抗する声明を発表したことに対して、それらが「口先で人種差別に対抗すると宣言するだけで実際の行動が伴わない」のではなく、「口先で人種差別に対抗すると宣言することで、実際の行動を取らない免罪符を得る」効果をもたらしていると批判する。「自分はレイシストではないが〜」という語り出しが、これからレイシスト的なことを言うけれど自分のことをレイシストと判断するな、という意味であるのと同じく、人種差別に反対するというリップサービスは単に無意味なだけでなく有害。テイラー・スウィフト、ラナ・デル・レイ、エレン・ディジェネレスらリベラルと見られる著名な白人女性たちの発言も取り上げ、反人種差別のリップサービスが実際の人種差別との戦いを妨げていることを指摘する。

2020年には白人女性のロビン・ディアンジェロが書いた2冊の本を筆頭に人種差別についての書籍がいくつもベストセラーになったけれども、本を読むことで満足してしまってレイシズムを理解したような気になったり、もう自分はレイシズムを克服した、自分はレイシズムに反対している、という自己認識を得てしまった白人たちがたくさん生まれた。また同時に、一部の有名な黒人作家が自らの経験を反映させた小説やエッセイなども売れたけれども、それらは多くの白人たちによって「反人種差別の学びを得るため」に読まれ、黒人作家の作家としての芸術性を否定し見下すことにも繋がった。また出版業界もそうした消費を歓迎し、昨年ベストセラーとなった黒人女性作家Zakiya Dalila Harrisによる小説「The Other Black Girl」は出版社のあいだで版権獲得競争を巻き起こしたほど出版以前から注目されたけれど、この小説は出版業界を舞台として同じ職場で働く黒人女性同士が対立させられる話がリアルだとして話題になった。出版業界は自分たちの業界内部で起きているレイシズムやセクシズムの解消に取り組むのではなく、それをリアルな小説の題材として出版することで「黒人女性の経験を世に出して社会(白人)の理解を深めた」と褒められようとしている。

本書はこのように、メディアや出版業界の「反人種差別」を掲げる有害な「リップサービス」を、ユーモア溢れる文章を通して次々に槍玉に挙げる。最終章はカナダ人のライターとして「成功のチャンスをつかむにはアメリカに移住しろ」というプレッシャーと、暴力的なアメリカと違いカナダは平和的で人権を尊重しているという白人カナダ人たちが抱いている歪な自己像(リップサービス)をベースにしたナショナリズムについて取り上げていて、彼女自身の生い立ちや経験を交えながら多くの人が向き合おうとしない問題に切り込むスキルがすごいと思った。