Samantha Cole著「How Sex Changed the Internet and the Internet Changed Sex: An Unexpected History」

How Sex Changed the Internet

Samantha Cole著「How Sex Changed the Internet and the Internet Changed Sex: An Unexpected History

タイトルにある通り、セクシュアリティがどのようにわたしたちの知るインターネットを形作り、そしてまたインターネットによって形作られたかという本。

序盤は画像処理プログラムのサンプルデータとして業界標準として使われていた有名な「プレイボーイ」掲載のヌード写真の話や、パソコン通信時代の出会い系BBSやそれがインターネットに移行したMUDの話など、レトロな話題がおもしろい。いまよりずっと偏見が強かった時代のゲイ&レズビアンやその他の少数派のセクシュアリティの人たちが仲間を見つけるのにネットを利用したり、解像度の低い今から考えるとジョークのようなアダルトゲームがグラフィカルなコンピュータの普及を後押しするなど、インターネットやテクノロジーの発達と人々のセクシュアリティは強く結びついてきた。

90年代後半から2000年代にかけてコンピュータの性能が上がりインターネットへのアクセスが一気に普及すると、インターネットポルノが登場し「ポルノから子どもたちを守れ」という声が高まる。インターネットの検閲を行おうとした「コミュニケーション品位法」はしかし、検閲の部分に違憲判決が下されるとともに、ユーザがアップロードしたコンテンツに対しインターネットサービスプロバイダは責任を追わないという原則を生み出し、その後のインターネットの発展、とくにソーシャルメディアやプラットフォームの発達を後押しした。しかし近年のインターネットは大手プラットフォームによる囲い込みと監視化・不自由化が進んでおり、それも課題。

インターネットの普及はまた、それまで業者に頼らなければ仕事ができなかったポルノ出演者たちに、自力でコンテンツを作って販売する機会をもたらした。また性労働者が安価に地元の客に向けて宣伝を行える掲示板サイト・クレイグスリストの登場により、それまで収入の大きな割合を搾取する業者で働くか危険なストリートを歩くかの選択肢しかなかった性労働者たちがより安全に自立して働くことができるようになった。とくに非白人やクィア&トランスや障害者など業者たちに相手にされてこなかったためにそもそもその選択肢すらなかった性労働者たちにとって、その恩恵は特に大きい。近年、性的人身取引防止を理由とした裁判や法規制により、こうしたサイトの多くが閉鎖に追い込まれ、性労働者たちはソーシャルメディアやオンラインで支払いを受け取るためのプラットフォームから排除されており、それまで安全に働けていた人がストリートで働かなくてはいけなくなったりと、大きな問題となっている。それらのサイトを閉鎖しても性的人身取引を行うような犯罪者や犯罪組織は変化に対応する金銭的余裕や能力がある一方、選択肢を失い困窮した性労働者たちはそうした犯罪者たちに吸い寄せられてより搾取される危険が増えている。

本書ではほかにも、オンラインポルノが製作者によるサイトからYouTubeと同じユーザコンテンツ方式に移行していることの影響や、マッチングアプリの一般化、スマートなセックストイの登場とそれによるネットを通した遠隔セックス、リベンジポルノ(と一般に呼ばれる、画像を使った性的虐待)、ディープフェイクによって作られるセックス動画、メタバースにおける性行為と性暴力など、さまざまなトピックを取り上げている。

その全体を見回してあらためて痛感するのは、時代や技術的環境がかわってもなかなか変わらない女性に対する同意に基づかない性的対象化の社会的風潮と、性労働者や性労働者による労働の軽視。画像処理プログラムの共通サンプルデータとして全国の大学のコンピュータ研究者たちがヌード画像を面白がって使っていた時代から、ディープフェイクによって現実の性労働者の身体と著名な女性芸能人の顔を組み合わせた動画を作りTube系のポルノサイトに掲載している現代まで、性労働者の女性とそうでない女性の双方に対する失礼な態度はほとんど変わっていない。また、ポルノが子どもたちの目に触れることへの懸念や性的人身取引予防を口実に導入される規制が、実際に被害を減らすのではなく性労働者たちを追い詰めてより被害を増やすだけだったという結果はここ数十年のあいだ変わらない。

わたしはさすがにパソコン通信の世代ではないけれど、ネットニューズを使っていた世代ではあるので、当時のあれこれ(alt.*誕生の経緯とか、大学当局によってコンピュータシステムからalt.sexカテゴリが排除された問題とか)は懐かしかったし、その後のコミュニケーション品位法から反人身取引を口実としたFOSTA/SESTAまでの流れなどわたしが実際に見てきたものと合致する内容も多かった。あと、これまでぼんやりとした理解しかしてなかったディープフェイクがどのような仕組みなのかようやく分かった。