Robert Strauss著「Worst. President. Ever.: James Buchanan, the POTUS Rating Game, and the Legacy of the Least of the Lesser Presidents」

Worst. President. Ever.

Robert Strauss著「Worst. President. Ever.: James Buchanan, the POTUS Rating Game, and the Legacy of the Least of the Lesser Presidents

「史上最低の大統領」というタイトルで2016年に出版された、アメリカ第15代大統領ジェイムズ・ブキャナンの伝記。繰り返すけど出版されたのは2016年なので、いまなら改題が必要かもしれない。

アメリカ歴代大統領といえばワシントン、ジェファーソン、リンカーン、フランクリン・ルーズヴェルトあたりが人気で、かれらについての伝記はいまだに多数出版されているけど、ブキャナンの伝記はごく僅かしかない。ブキャナンと同じく記憶に残らない大統領としては、ほかにもウィリアム・ヘンリー・ハリソンやザカリー・テイラーなど就任からごく短期で死亡してしまい何も成し遂げることができなかった人もいるけれど、ブキャナンは4年の任期をしっかり務めたうえで史上最低の評価を得ているという点でホンモノ。

ブキャナンが大統領になったのは1857年。かれの次に大統領になったリンカーンより前の19世紀前半の大統領の影が薄いころには理由があり、ヘンリー・クレイやダニエル・ウェブスターら当時の本当に有力な政治家たちは奴隷制をめぐって分断が広がるなか議会でバチバチにやりすぎて、それぞれ敵が多くなりすぎたから。大統領に選ばれるにはそこそこ誰からも強硬に反対されない無難なキャラが必要とされ、その結果前述のハリソンやテイラー、ポーク、フィルモア、ピアースら普通に日本で歴史教育を受けた人にはほぼ名前を知られていないであろうパッとしない大統領が続々誕生している。

ブキャナン大統領は就任前から、それまで10年以上に渡って最高裁で争われていた奴隷制をめぐる超重要なドレッド・スコット裁判に介入、ディッキンソン大学の同窓生であり友人の最高裁判事と判決について協議を重ね、大統領就任式では「近くドレッド・スコット裁判の判決が下り、奴隷制をめぐる対立は解消するだろう」と演説した。ドレッド・スコット裁判について詳しくはウィキペディアのページでも読んで理解して欲しいところだけど、簡単に言うと「奴隷であろうとそうでなかろうと、黒人にアメリカ市民としての権利は一切ない」という判決。ブキャナンは司法がはっきりと判断を下すことで奴隷制をめぐる論争には憲法上の決着が付き政治的な議論はおさまると考えていたが、かれの就任の数日後に発表された判決はそれまで辛うじて保たれていた奴隷州と自由州のバランスを崩壊させ、南部と北部それぞれの立場を強硬化させた。

大統領として、というよりまだ大統領に就任すらしていない一個人としてあれだけ司法に介入しておきながら、ブキャナン本人は「大統領は議会が決められたことを実行するだけ」との持論を持っており、次々と降りかかる危機に対して無為無策を繰り返す。もともとブキャナンは同じ問題について意見を何度も正反対に変えることで知られていて政治的信念が見られず、また本人は潔癖だったものの政権内で多数の政治腐敗事件が起きたこともあり、かれは国民の支持を失ったばかりか所属していた民主党を分裂させてしまい、次の大統領選挙では民主党の指名候補を一人選出するのではなく全国各地それぞれで人気が取れそうな候補を立候補させ、共和党のリンカーンによる過半数の選挙人獲得を阻止するという戦略に。結局それにも失敗してリンカーンが当選すると、ブキャナンからリンカーンに大統領の地位が引き継がれる前に次々と南部の州が合衆国脱退を宣言し、米軍の部隊や装備を略奪していくも、ブキャナンは「脱退は違憲だが自分にはそれを止める権限はない、どうやって止めるか議会が決めてくれ」と何もせず、結果的にリンカーンに内戦に突入した国を引き継ぐことに。そりゃ確かに史上最低扱いされても仕方がないわ。

本書はブキャナンの伝記であるとともに、さまざまな政治コメンテータや歴史学者による「歴代大統領のランク付け」の歴史についても詳しく紹介していて、それがまたおもしろい。多くの一般人は、いまならトランプが史上最低だ、いやオバマだ、とごく最近の大統領に注目しがちだけれど、歴史学者は総合的に過去の大統領をランク付けしており、たとえば辞任した当時は史上最低と思われていたニクソン大統領に対する歴史学者の評価は低くはないし、イランやアフガニスタンでの失敗で最低認定されることもあったカーター大統領も退任後の行動でかなり評価を上げている。前述の19世紀前半のパッとしない大統領や、世界大恐慌を止められなかったフーバー大統領らをそれぞれ挙げながら、こういう部分で汚点を残したがこういう功績もあった、という形で一人ひとり検証した結果、いいことが1つもなかったばかりか国を分裂させ、しかもそれを食い止めようと必死に抵抗しようともしなかったブキャナンがめでたく史上最低と判定される。

わたし自身、15年前はジョージ・W・ブッシュが史上最低の大統領だと思ってたし、わたしの周囲の上の世代のリベラルな人たちはレーガンやニクソンが史上最低だと言っていたのを覚えているので、いまトランプこそが史上最低だとわたしが思っているのもたまたま最近の大統領だからなのかな、と思わないではないものの、ブキャナンがどうして最低なのかというのを読んだうえで、国が分裂するのを止めようとしなかったどころか、大統領本人が積極的に分裂を推し進め、しかも自分が率いる政府を否定してクーデターを起こそうとした事実を考えれば、ブキャナンより低く評価するのが妥当なんじゃないのかなあと思う。

ちなみに一応、大統領が交代するたびに大統領について研究している学者を対象にC-SPANが行っている調査を紹介しておくと、2021年度調査でトランプは44人中(大統領はトランプで45代目だけど、22代目と24代目が同じクリーブランド大統領だったため人数では44人)史上41位の評価。スコアの内訳では道徳的指導力と行政能力で最低44位の評価を受けたほか、軒並み低いスコア。オバマは10位、ブッシュ43が29位、クリントンが19位。トランプより下はブキャナンとその1つ前のピアース、そしてリンカーン暗殺後に大統領になり黒人の権利獲得を帳消しにしたアンドリュー・ジョンソンで、まあ悩むところだけど個人的にはブキャナンやピアースよりはトランプは下じゃない?と思う。