Richard D Kahlenberg著「Excluded: How Snob Zoning, NIMBYism, and Class Bias Build the Walls We Don’t See」
アメリカの都市部で深刻化している家賃の高騰とホームレス人口の増加の原因を、階級差別によって生み出された法的な土地利用規制に見出し、それを許容してきた都市リベラルの階級バイアスを批判する本。
住居不足の大きな原因の一つとして、土地利用規制(ゾーニング)により一軒家が優遇され、必要な住宅が建設できない状況になっているからだという事実は、Jenny Schuetz著「Fixer-Upper: How to Repair America’s Broken Housing Systems」、M. Nolan Gray著「Arbitrary Lines: How Zoning Broke the American City and How to Fix It」、Gregg Colburn & Clayton Page Aldern著「Homelessness Is a Housing Problem: How Structural Factors Explain U.S. Patterns」などでも指摘されてきたものであり、保守・リベラルを問わず多くの経済学者、都市学者、住宅活動家らの共通認識。このところ多くの都市では選挙の際にゾーニング改革を掲げる候補者も増えており、一部の自治体では実際に改革がはじまっている。
そういうなか本書の特徴は、どうして貧しい人たちを排除するゾーニングを実施しているのが、リベラルな有権者が多い都市部に集中しているのか、という疑問にフォーカスしている点。トランプが作ろうとしていたメキシコとの「国境の壁」に反対しながら、また人種や性別を理由とした差別を批判しながら、貧しい人たちが階級によって都市部から排除されるような仕組みを都市リベラルが容認しているのは、かれらが教育の程度や職種による偏見を持っており、それら階級的な条件を理由とした排除を否定しないばかりか、むしろ自分たちの住む地域に入ってきて欲しくないと思っているからではないか、と問う。ヒラリー・クリントンがトランプ支持者らを「唾棄すべき奴ら」と切り捨てたように、かれらは階級が下の人たちを見下しているのではないかと。
都市で一軒家に住むことができる経済的余裕のある人たちが同じように豊かな隣人を望み、自分たちの税金で運営される学校や公共施設を貧しい人たちと共用したくないと思っていたり、アパートなどの集合住宅が近所にできたら自分たちの持ち家の価値が下がったり騒音や交通渋滞が起きたり犯罪が増えるからとそうした開発に反対するのは事実だと思うのだけれど、それが都市リベラルに特有の価値観に基づいているかというと疑問を感じる。保守派のお金持ちは自分が払った税金で作った施設を貧しい人と分け与えたいと思っているとか、自分の持ち家の価値が下がったり騒音や交通渋滞が起きても仕方がないと思っているとは考えにくいし。まあ、リベラルな連中だって口先だけで、結局自分自身の快適な生活が一番大切なんだろ、という批判なら当たっていると思うけど。にんげんだもの。
終盤では各地ではじまっているゾーニング改革の動きについて紹介されていて、たとえばオレゴン州やカリフォルニア州のように民主党と共和党の議員がそうした動きで連携していると書かれている。ゾーニングは既得権益者のレントシーキングを温存する政府による市場への介入であり、それらを撤廃することはリバタリアン的な「小さな政府」の論理にも合致しているので、共和党のなかにも確かに改革を支持する人たちはいるものの、全体から見ればそれらを支持している人の大部分は著者が批判している「都市リベラル」だ。2020年の選挙において郊外住民の支持を得ようと「バイデンが勝てば貧困者向けの住宅が建てられ郊外は消滅する」と人種差別的・階級差別的な扇動を行って非難されたのはトランプ大統領だったし、地方議会の選挙でもリベラルが規制緩和を訴えているのに対して保守は規制の温存を主張している。
ゾーニングが問題であるのは著者に言われるまでもなく知ってるし、リベラルは口先だけじゃなくて階級による排除についてもきちんと向き合えよというのはその通りだと思うのだけれど、2016年のトランプ当選以来死ぬほど繰り返されてきた「民主党(リベラル)は白人労働者階級を裏切った」的な安易なレトリックはもう飽きた。著者はことあるごとに人種差別を階級差別を比べて、人種差別の多くはすでに解決されていていまでは人種そのものではなくそれと連携した階級差別によって黒人が苦しめられている、と言ったり、人種差別を解決するために役に立った反差別法やアファーマティヴ・アクションを階級にも適用すべきだ、と繰り返すのだけれど、人種を元にしたアファーマティヴ・アクションが長年の攻撃の結果つい最高裁によって否定されたいま、何言ってんだという気も。