Joseph McGill Jr.著「Sleeping with the Ancestors: How I Followed the Footprints of Slavery」

Sleeping with the Ancestors

Joseph McGill Jr.著「Sleeping with the Ancestors: How I Followed the Footprints of Slavery

奴隷として働かされていた祖先について知るために、かつて奴隷とされた人たちが住まされていた小屋に泊まる活動から、奴隷たちの生活の歴史を保存し正しく伝えようとする民間団体を設立した歴史オタクの黒人男性の本。

著者が奴隷たちが住んでいた場所に泊まることを思いついたのは、以前軍人としてヨーロッパに駐在していた際、アンネ・フランクが一家とともにナチスから逃れて隠れ住んでいた家を訪ねたことがきっかけ。現在では「アンネ・フランクの家」と呼ばれる建物は博物館として保存されているが、著者はそこを実際に訪れることで、単にホロコーストについて本で学ぶよりも切実な実感として当時のユダヤ人たちの経験を学ぶことができたという。同じようにかれの先祖が経験した黒人奴隷制度についても、実際にかれらが暮らしていた小屋に泊まることで、より深い理解を得るとともに苦難を生き抜いた先祖たちへのリスペクトを示すことができるのではないか、と考える。

当初は自分が住んでいた州の中だけで、一年限定で何箇所かに泊まるだけの予定だったのだけれど、かれの活動はメディアや研究者らのあいだで反響を呼び、また実際にそのプランテーションで働いていた黒人奴隷たちの子孫と話したり一緒に泊まったりするうちに、著者は各地に講演に呼ばれてそれぞれの土地で奴隷制の歴史を保存するために活動している人たちと出会ったり、その土地に昔あったプランテーションの奴隷が居住していた場所に泊まる機会を得る。かれの活動は南部だけでなく北部や西部など奴隷制を他人事のように記憶している人が多い土地や、マディソンやジェファーソンなど大統領やその他の有力な政治家たちが所有していたプランテーションなどにも及び、それぞれについて奴隷を所有していた白人やそこで働いていた黒人奴隷たちについて詳細な歴史が記述されている。

米国南部ではかつてのプランテーションに建てられた白人たちが住んでいた屋敷がいまでも多数保存されていて、現代でも「古き良き時代」へのノスタルジアを醸し出すロマンティックな建物として結婚式場や南部独特のデビュタント・ボール、あるいは観光地として白人のあいだで人気を博している。いっぽう奴隷とされた黒人たちが住んでいた小屋などはもともと粗末な作りであったのに加え、大して歴史的価値がないものとみなされ特に保存されてこなかった。これは史上最後の奴隷貿易船でアフリカからアメリカに連れてこられたアフリカ人たちがアラバマ州に作ったコミュニティ「アフリカタウン」がその歴史的価値を認められず保存の対象とならなかったこととも通じる。著者の活動は文化遺産保護活動におけるこうした白人中心主義に疑問を投げかけ、一石を投じるものだ。

著者の評判が広まるにつれ、奴隷制の歴史の保護に理解を示す人が所有していたり公有地に置かれている元住居で宿泊する許可は比較的簡単に出るようになったけれど、かつてのプランテーションは奴隷制を美化する装置としての機能も果たしており、プランテーションをロマンティックなイメージで売り出している所有者からは当然のことながら良い顔をされない。とくにElizabeth Bronwyn Boyd著「Southern Beauty: Race, Ritual, and Memory in the Modern South」でも南部的な「女性性」のパフォーマンスがジェンダー秩序だけでなく歴史否定と白人至上主義を保存している例として取り上げられていたミシシッピ州ナチェスでは協力してくれる所有者を見つけるのに苦労した(たまたま屋敷ではなく奴隷小屋だった部分だけ所有している黒人オーナーがいて泊まることができた)。

はじめは地味な印象なのだけれど、読み進めるとともに著者がプロジェクトを通していろいろ学んだり考えたりしていることや、プロジェクト自体のすごさが分かってきて面白くなる本。地味におすすめ。