Jonathan Rigsby著「Drive: Scraping By in Uber’s America, One Ride at a Time」

Drive

Jonathan Rigsby著「Drive: Scraping By in Uber’s America, One Ride at a Time

離婚をきっかけに経済的に困窮してウーバーやリフトなどのプラットフォームを通して自分の車で運送の仕事をするようになった著者が、その経験のなかで気づいたギグ・エコノミーのカラクリを告発する本。

著者は大学院まで卒業してフロリダ州政府の仕事をしているプロフェッショナルだが、離婚して息子の養育費を払わなければいけなくなったことなどを理由に経済的な困窮に陥る。周囲には「ダイエットしている」とごまかして食事の誘いを断り自炊するなど工夫したが、どうしてもお金が足りない。そこで「空いた時間で働いて収入を得られる」「努力すればするだけ報われる」と宣伝されていたウーバーで運転手の仕事をはじめることに。しかし安いサービスを提供することでマーケットシェアを獲得することを一番の目的とするプラットフォーム企業はかれと同じように苦しい状況におかれた労働者たちをお互い競争させて支払いを圧縮する。いつでも空いた時間に働きたいだけ、という文句の真実は、ほとんど常にスタンドバイしていなければ十分な収入を得られないという意味だったし、利用者と運転手の双方についてプラットフォーム企業は膨大なデータを蓄積し行動学を使って過酷な労働に駆り立てていく。

酔っ払った客が車の中で吐いたら客は特別料金を取られるけれど、なぜかその小さくない割合がプラットフォーム企業の収入となり、実際に涙をこらえて汚されてしまった自分の車を掃除する運転手と分け合う形。働きすぎて体を壊したり事故を起こしても責任は運転手だけに押し付けられる。著者はあるとき、酔った客の集団が収容人数を超えた人数で車に乗り込もうとするのを阻止しようとして殴り倒され、心身ともに大きな傷を負うが、プラットフォーム企業は一切医療費を負担しようとせず収入補償もないので翌日には痛む体を我慢してまた運転することに。そうするうちに飲酒量は増え、息子と交流するときにもなんでもないことで息子に当たり散らして泣かせてしまうことに。

ウーバーやリフトはこのように事業を行ううえでのリスクやコストの大部分を労働者に押し付けることで成り立っており、しかもろくに利益すら出していない(ウーバーは2023年に史上はじめて利益を計上し、リフトはいまだに一度も利益を出していない)。どんな手を使ってでもとにかくマーケットシェアを増やし市場を独占してしまえば利益はあとからついてくる、というシリコンバレーの論理(Reid Hoffman & Chris Yeh著「Blitzscaling: The Lightning-Fast Path to Building Massively Valuable Companies」やPeter Thiel著「Zero to One: Notes on Startups, or How to Build the Future」などそっち系のビジネス書参照)に基づいた戦略と、そもそも最初にお金を出してそうしたプラットフォームを作った人たちは「将来儲かる」という約束を振りまいてとっくにキャッシュアウトしてしまっているという無茶苦茶な状況。さらにいまではウーバーなどの企業は仕事に使うための車のローンを押し売りするところまで踏み込んで運転手が辞められない状況を作り、労働者を食い物にしている。

Alexandrea J. Ravenelle著「Side Hustle Safety Net: How Vulnerable Workers Survive Precarious Times」やBenjamin C. Waterhouse著「One Day I’ll Work for Myself: The Dream and Delusion That Conquered America」にも書かれているようにギグ・エコノミーに対するこうした批判はずっと以前からあったものだけど、実際に何年もその仕事をしている人が自分の生活がこれだけ壊された、と書いているのはインパクトが大きい。本書を書き終えた時点では著者は政府の仕事で昇進して少し余裕ができたけれどいまでも時々必要に応じて運転もしているとのことで、いつかアプリを削除できるようになりたい、とのこと。

でもまあ著者は政府のちゃんとした仕事があるという時点で、足りないとはいえ安定した収入があるわけだし医療保険も受けられるなど、大部分のギグ・ワーカーに比べればかなり恵まれたほう。ていうかいくら養育費を払わなくちゃいけないとしてもどうしてそこまでお金がないのかよく分からないのだけれど、そうした人たちを食い物にするようなビジネスモデルは絶対によくない。ギグ・エコノミーのプラットフォーム企業からは最低でも労働者の福利厚生費や保険料に相当するだけの税金を取って労働者に分配する仕組みが必要。