Henry Grabar著「Paved Paradise: How Parking Explains the World」

Paved Paradise

Henry Grabar著「Paved Paradise: How Parking Explains the World

約一世紀前にはじまった自家用車の普及により都市の至るところに作られるようになった駐車場が、都市の貴重な土地の多くを埋め尽くし、住民のための住居やその他の豊かな都市生活に必要な施設の設置を抑止し、結果的に車を運転しなければ不便な街を作り出し、空いている駐車スペースを探して巡回する車による渋滞や事故や環境汚染を引き起こしている事実を指摘し、その解消に向けたさまざまな取り組みや解消した結果どのような都市を生み出すことができるか論じる本。

2005年に出版された都市計画研究者Donald Shoupの「The High Cost of Free Parking」以来、アメリカの駐車場をめぐる問題の根底には都市部の土地という貴重なリソースに適切な価格が付けられておらず「共有地の悲劇」が起きていることに理由がある、という経済学的な理解は一般的になった。あらゆる施設や路上に駐車スペースを設けた結果、都市の多くの土地が駐車スペースで埋め尽くされ、住居が郊外に押し出されるとともに街が歩行者にとって不便になってしまい、さらに車を運転する人が増えて駐車スペースへの需要が高まってしまう。人々はいつどこでも常に無償で目的地のすぐ近くに駐車スペースが空いていることを期待するが、どれだけ駐車スペースを増やそうとしてもこれらのうち二つまでしか同時に満たすことはできない。
ジェーン・ジェイコブズが『アメリカ大都市の死と生』で称賛した、住居と職場と市場が併存した賑やかで多様性のある街は、新たな建物の建設に駐車場の設置が義務付けられる以前の時代に作られたものだ。車社会化が進むなか、各都市は新たな建築や既存の建築物の改装に際して「渋滞や違法な路上駐車を減らすため」として一定の割合で駐車場の設置を義務付けたが、そうした政策自体が街を変質させ、車への依存を深刻化し、より多くの駐車場への需要を作り出してしまった。

駐車スペースの問題はさらに、多くの都市で住居が恒常的に不足する原因にもなっている。M. Nolan Gray著「Arbitrary Lines: How Zoning Broke the American City and How to Fix It」やJenny Schuetz著「Fixer-Upper: How to Repair America’s Broken Housing Systems」にも書かれているように、アパートの戸数に応じて駐車場設置を義務付ける法律は土地の価値が高い都市部で新たな住居を建設するのにかかる費用を何割も増やし、高い家賃を払える富裕層向けの高級アパート以外の建設を不可能にした。

また規制とは別に、駐車スペースの問題は既存の住民たちが低所得者向けの住居の設置に反対する口実ともなっている。貧しい人や移民、黒人やラティーノが引っ越してくるのは嫌だというと差別主義者だと思われるが、住民が増えると駐車スペースが足りなくなり違法駐車が増え事故の原因になる、消防車など緊急車両が来られなくなる、という声は無視しにくい。公共交通機関が整備されていて車を所有する人が少ない都市でさえそういった事情により低所得者向けの新たな住居の建設はできず、高級アパートの家賃を払えない住民たちは都市を追い出され、郊外から車で通勤せざるをえないように。

多くの人たちは駐車場にお金を払うことを嫌い、無償の駐車スペースを探して目的地の近くをぐるぐる周回したり駐車スペースの取り合いをめぐって殺人事件さえ毎年一定数起きているほどだが、無償の駐車スペースのコストは高い。住居やレストランや公園のような人々の生活を豊かにし街の魅力を増やす施設のかわりに都市部の広大な土地が駐車スペースに消え、駐車スペースを探すための運転はなんの生産性もない無駄なエネルギー浪費の大きな要因の一つだ。一見無償に見える駐車場を設置・維持するためのコストは家賃やその他のあらゆる商品の価格上昇に繋がるほか、余分なガソリン代、環境汚染による医療費などの増加、郊外から通勤するための時間などさまざまな形でわたしたち全員が支払わされている。そして駐車スペースを増やそうとする試みは社会の車依存をさらに深刻化させ、都市の魅力を減らすと同時にさらなる駐車スペースへの需要を生み出してしまう。

こうした状況に対して、駐車スペースを減らして公共交通機関を増やそう、あるいはテクノロジーを使って駐車スペースの利用者に対してより合理的な対価を求めるようにしよう、という動きは2010年代から各地で活発になってきている。そうした動きの裏には、駐車スペースの問題が都市部の住宅不足やホームレス増加の原因の一つであるという認識とともに、車依存社会の環境負荷が注目されてきたことにあるが、いくつかの街では公共交通機関が整備された地域において駐車場設置義務を免除したり軽減したりする法改正が進められている。

著者がこの本を書いているうちに起きたコロナウイルス・パンデミックは、都市のあり方について考える機会にもなった。レストランはじめ多くの店舗が閉鎖され、多くの人々がリモートワークをはじめると、これまで渋滞や違法駐車が目立っていた道路はガラガラに。屋外での感染が少ないことが知られるようになると、多くの街では一部の道路を閉鎖し、レストランやカフェなどが歩道や路上に席を設置して屋外で再開することが認められた。これまで道路と駐車スペースに専有されていた土地に人々が戻り、パンデミックで孤立を強いられた人々の憩いの場となる。また自宅に籠もる人が増えた結果配達車両が増加したことに対応して、路上の駐車スペースの一部を配達車が短時間駐車する専門のスペースにした例も。ワクチン接種が進みパンデミック期のさまざまな特例が終焉するなか、かつて道路だったスペースの新たな利用は一部で継続された。

また著者は、自動運転技術の発達が都市部での駐車場の必要性を減らす可能性にも言及。自動運転車はより安全に多くの人を移送できるだけでなく、人を目的地で降ろしたあと勝手に土地が空いた地域に駐車したり、あるいはすぐに別の人を移送するために出発することができる。自動運転技術の実用化について、わたしはAlex Davies著「Driven: The Race to Create the Autonomous Car」やGerd Gigerenzer著「How to Stay Smart in a Smart World: Why Human Intelligence Still Beats Algorithms」などを読んでやや悲観的になっているのだけど、もしそれが実現して、その結果都市中心部にある広大な駐車スペースが不要になったとき、「かつて駐車場だった土地」にどのような新しい用途が生まれるのか、という話には、自動運転車の実用化そのもの以上にワクワクさせられる。

あとこの本でおもしろかったエピソードは、都市設計シミュレーションゲーム「シムシティ」の開発者が、できるだけリアルな要素を入れようと考えていたのだけれど、都市のどれだけの部分が駐車場で占められているのか知り、それをゲーム内で再現したら駐車場ばかり建てるつまらないゲームになりそうなので、リアリティの追求を諦めたという話。開発者によると、シムシティでは駐車場は全ての施設で地下に作られている設定らしい。