Gianluca Russo著「The Power of Plus: Inside Fashion’s Size-Inclusivity Revolution」

The Power of Plus

Gianluca Russo著「The Power of Plus: Inside Fashion’s Size-Inclusivity Revolution

タイトルと同じ「Power of Plus」というプラスサイズコミュニティの運営などを通じてプラスサイズファッションを推進してきたジャーナリストによるプラスサイズファッションについての本。

米国社会における太った人への偏見が反黒人主義やトランスフォビアと結びついている点はDa’Shaun Harrison著「Belly of the Beast: The Politics of Anti-Fatness as Anti-Blackness」にも詳しく書かれているけれど、本書はそうした歴史をふまえつつ、より多くの人が偏見や差別を受けることなくファッションを楽しめるような世の中を目指して活動してきた多くの女性やクィア・トランス・ノンバイナリーのモデルやデザイナー、ボディポジティヴ活動家、ファッションブロガーやソーシャルメディアインフルエンサー、そして一般消費者たちへのインタビューを多く含んでいる。

プラスサイズファッションはリトアニア系ユダヤ人移民女性が1904年に設立したブランドLane Bryant(最初はマタニティー専門でのちにプラスサイズを展開)をはじめ古くから存在していたけれども、ファッション業界の主流からはずっと無視されてきた。たまに主要ブランドがより大きなサイズの服を売り出しても、実際にはそれらはアメリカ人女性の平均や平均より少し大きい程度のサイズだけで、人口の大きな部分を占める人たちはファッションから疎外され、存在を否定されるような思いを経験した。

そうした状況が変化しだしたのは、インターネットの普及と、女性のファッションに対する社会的な価値観の変化だ。2000年代のインターネットではLiveJournalなど初期のソーシャルメディア的なサイトが登場し、それまで身体を恥じて隠れているものとされていた太った女性たちがファッションについて語りはじめた。その後TumblrやPinterest、そしてTwitterからInstagram、TikTokへとプラットフォームを転々としながら、プラスサイズファッションについて発信するブロガーやインフルエンサーが大きな支持を集め、ブランドを立ち上げたりブランドとコラボレーションをするなどして実際により多くの人が楽しめるファッションを作り上げていく。

同時に、女性のファッションが男性の注目を集めて喜ばせるためのものではなく、女性自身が着飾って楽しんだり自信をもらったりするためのものだ、という意識改革も進んだ。そうした業界の変化は、特定の外見的特徴をもった「エンジェル」と呼ばれるモデルを起用してセクシー路線でブランドイメージを作っていたヴィクトリアズ・シークレットが近年大きく路線変更して、エンジェルを廃止するとともにアスリートやトランス女性、プラスサイズのモデルなどをパートナーとして起用したことに象徴的。同社の方針転換は2018年にマーケティング担当の幹部がファッション誌Vogueの取材に対してブランドは特定の層に向けてのみ商品を作っていると発言して批判されたことがきっかけだったが、その時点ですでに売り上げは減少しており、男性の性的な視線を意識したデザインやマーケティングがmetoo時代の到来によって時代遅れになったことを示唆している。ファッション自体が、他人とのあいだに格差をもうけるための排他的なものから、自分らしさの表現として自由に選ぶものに変わってきている影響もある。

本書の終盤では男性のプラスサイズファッションが女性のそれに比べて遅れていることにも言及。男性は体型や容姿にかかわらず社会的地位を勝ち取る手段が伝統的に女性に比べて多いためか、あるいは男性はなにかうまくいかないとき自己責任だと納得させられてしまうためか、女性たちに比べてファッション業界の変革を求める動きは小さい。女性向けのプラスサイズファッションの拡充もまだ十分ではないとはいえ、今後は男性やノンバイナリーな人が着る服や、ユニセックスな服などを含めてプラスサイズのオプションが広がってほしい。また本著では取り上げられていないけれども、社会のなかでファッションに対する意識が変わるなかで、より多くの人たちにファッションを届けるためには大量生産・大量消費が必要とされるなか、ファストファッションの拡大による環境負荷や労働者の待遇の悪化といった問題にもファッション業界は答えていかなくてはいけないと思う。