Geoffrey Cain著「The Perfect Police State: An Undercover Odyssey into China’s Terrifying Surveillance Dystopia of the Future」

The Perfect Police State

Geoffrey Cain著「The Perfect Police State: An Undercover Odyssey into China’s Terrifying Surveillance Dystopia of the Future

中国政府が防犯やテロ抑止を口実に新疆ウイグル自治区で行っているテクノロジーを使った大規模な市民監視や強制収容・再教育プログラムについての本。著者はトルコ在住のテクノロジーライターで、トルコに亡命したウイグル人たちを中心に海外に移住したウイグル人やカザフ人など多数の人たちに取材しているほか、中国のメディアによる報道や、2019年にニューヨーク・タイムズによってリークされた「新疆文書」と呼ばれる中国政府の内部文書などを元にしている。思ったより技術的な話は少なく、実際に監視や管理の対象となった人たちの証言が大部分を占める。

中国政府による少数民族に対する弾圧はチベットを見てもわかるとおり最近はじまったことではないが、2000年代にアメリカが「テロとの戦争」を始めたことに便乗してウイグル人など国内のムスリムたちに対する弾圧を強化するとともに、2010年代に入ってからは習近平の政権が権威主義傾向を強めるとともに、テクノロジーを利用した監視とAIによる行動予測を導入することでその規模を一気に拡大した。とはいえ2010年代中盤までは政府がやろうとしていたことにテクノロジーが追いついておらず、とりあえずカメラをたくさん設置したけれど分析でが追いつかなかったり、AIを作ったけどデータが足りずに役にたたなかったりしたらしい。しかし2016年以降にはそれらの問題が解決され、史上もっとも大規模なパノプティコンが完成する。

亡命したウイグル人たちが語る故郷の収容所化は凄惨で、仮に一部に誇張があったとしても(著者もその可能性は考えて証言の裏はできるかぎり取っており、事実に反する可能性が高いと判断したものは本に含めていない)社会的クレジットによって常に評価され、店で買い物するにも身分証をスキャンされたり、理由もわからずに警察に出頭させられたり再教育プログラムを受けさせられたりするなど、読んでいるだけで息苦しくなる。でもマイノリティに対する恣意的な監視や権力による理不尽な勾留や尋問などはアメリカでも9/11事件のあとに起きたことで、現に米軍によって世界各地で捉えられたウイグル人がグアンタナモ米軍基地に収容され、そこに中国政府の役人が招かれ尋問させていた。

当時、中国政府がアメリカの「テロ戦争」を口先では批判しつつも、たとえば米軍のイラク侵攻に国連安保理で拒否権を発動しないなど邪魔しないかわりに、ウイグル人の抵抗組織をテロ組織認定して制裁対象にするなど、両者は協力関係にあった。また、中国政府がウイグル人弾圧に使っているテクノロジーの多くはマイクロソフトなどアメリカの企業による技術移転により中国企業が手にしたものであり、いまでも米国企業の製品が新疆ウイグルにおける市民監視に利用されている。中国との対立を激化させたトランプ政権においても、貿易をめぐってはぶつかりあう一方、ウイグル人収容政策についてはトランプは支持を表明していて、ポンペオ国務長官が中国政府のウイグル政策をジェノサイドと認定する発表を行ったのはトランプ退任の前日だった。

アメリカにおける市民の監視・管理はさすがに新疆ウイグルにおけるものと同じ形は取らないだろうけれども、トランプをふくめアメリカの権威主義的・国家主義的な政治家や論者たちがムスリムや黒人や移民に対して要求している締め付けは、中国政府がウイグル人に対して行っているのと同じようなものに見える。新疆ウイグルで起きているテクノロジーを通した監視と管理を批判するとともに、そこで培われ実績を積んだ技術が米国を含む他国の政府に拡散するのを防ぐための取り組みも必要。