Coco Krumme著「Optimal Illusions: The False Promise of Optimization」
現代社会において、経済だけでなくライフスタイルまで含めてわたしたちが頼り切るようになっている数学的モデルに基づいた最適化戦略が置き去りにしているものについて警鐘を鳴らす本。著者はMITでデータサイエンスを学んだ数学者で、卒業後シリコンバレーやウォールストリートで引く手あまたなスキルを持ちながらそれらに背を向け、シアトルからフェリーでたどり着くことができる離島に住んでいる変わり者。
フォーディズムからトヨタ方式など歴史のある生産過程での効率化だけでなく、ウォルマートやアマゾンが完成させた流通の効率化、とどまるところを知らない金融の効率化など、効率化は現代の経済のあらゆる側面で洗練さを深めている。また、パートナーとの出会いが出会い系アプリのアルゴリズムに任されたり、増えすぎた持ち物を整理するために近藤麻理恵さんのアドバイスを求めるなど、経済活動だけでなくわたしたちの生き方においても効率化・最適化の考え方は広まっている。
と同時に、2008年の金融危機、2020年のコロナウイルス・パンデミックから数年に渡って続いているサプライチェーンの混乱、労働市場の流動化と貧富の格差の拡大など、効率化を進めすぎた結果として数字の上で状況が暴走したり脆弱性がさらけ出されたりもした。それだけでなく、効率を求めることは数字として見えない、見えにくい価値を無視することにも繋がり、土地それぞれの特性や独創的なアートなどが犠牲とされている。知らない街を訪れたとき、ネットのレビューやデータを活用して評価の高いレストランを探すのもいいけど、時間をかけて木の向くまま歩いて気になった知らない店に入る楽しみもあるはず。
数学的モデルを極めた著者だからこそ、その歴史とともに限界についても意識しているのがいい。とはいえもちろん効率化が多くの人々を貧困から救ってきたことも事実だし、最適化へのオルタナティヴは「とにかく無駄を増やせばいい」というわけでもないはず。効率も大切だけれど、数値化できるものもそうでないものも含めわたしたちは何に価値を感じるのか、何に豊かな生を感じるのか、という問いかけが重要。