Brian Deer著「The Doctor Who Fooled the World: Science, Deception, and the War on Vaccines」

The Doctor Who Fooled the World

Brian Deer著「The Doctor Who Fooled the World: Science, Deception, and the War on Vaccines

MMRワクチンが自閉症を起こすという論文で一躍注目を浴び、その後多数の不正が発覚して論文は全否定され医師資格も失ったアンドリュー・ウェイクフィールド元医師についての本。著者は初期から一貫してウェイクフィールド論文における不正を告発し、ウェイクフィールドから名誉毀損で訴えられたり「製薬会社の手先」として陰謀論者に攻撃されたジャーナリスト。さまざまな専門家や患者家族らと協力しながら不正を少しずつ暴いていくストーリーはおもしろいけど、その結果多くの親たちが子どものワクチン接種を避けるようになり、そのために予防できるはずの疾患で多くの子どもが苦しんだり亡くなったりしているのが心苦しい。ソマリア移民コミュニティに対して「ソマリアには自閉症児なんて一人もいないのに、アメリカに移住したソマリア人コミュニティでは自閉症が発生している、これはMMRワクチンのせいだ」と宣伝して(実際には、ソマリアではそもそも自閉症という概念がなかったから診断されなかっただけ)コミュニティのあいだで麻疹を流行させてしまった例など、とにかくひどい。

自閉症がワクチン接種によって引き起こされるという主張はいまでは科学的に完全に否定されているけれど、のちに否定されたからといって新しい医療行為の弊害について仮説を建て警告することは悪いことではない。この本を読むまえは、自説が科学的に否定されたあとも考えを変えずにワクチン陰謀論を拡散し続けるウェイクフィールドは確実に害悪だけれど、最初の論文を出した時点では意図的な不正ではなかったのかな、くらいに思っていたのだけれど、この本を読むとそもそもワクチン説を主張することで裁判を起こしその周辺で儲けようと意図的な不正を行っていたことが明らかで、最初の一歩から擁護のしようがない様子。まあ最大限好意的に解釈すると、本人はワクチン説を心の底から信じていて、それを少しでも早く社会に認めさせるために多少の不正は仕方がないと思っていたのかなあ、と考えられなくもないけど、ダメじゃんそれ。

2014年、ワクチンの研究や推進を担当しているアメリカ疾病予防管理センター(CDC)内での研究不正が報道された際、ウェイクフィールドはSNSで「CDCの不正が証明された、自閉症はMMRワクチンが起こすのだ」との主張を展開、そしてそれに大統領選挙に出馬するまえのドナルド・トランプが同調すると、多数のフォロワーから「トランプを大統領に!」という声が挙がった(それをトランプはせっせとリツイートした)。トランプが大統領選挙に立候補した2016年にはウェイクフィールドが監督した陰謀論映画「Vaxxed」(邦題「MMRワクチン告発」)が公開され、トランプとウェイクフィールドはそれぞれ米国各地を選挙運動と映画のプロモーションで飛び回るが、そのなかでウェイクフィールドはトランプはワクチンが自閉症を起こすことを知っており、自分たちの味方だと宣伝。トランプの当選直後にはウェイクフィールドとトランプが面会したほか、大統領就任記念パーティにもウェイクフィールドは呼ばれた。

その後ミネソタ州で麻疹が大流行したことをうけ、大統領となったトランプはワクチン接種を呼びかけたけれど、すでにウェイクフィールドが言い出したワクチン陰謀論はトランプによって大々的に宣伝され多くの家庭に受け入れられてしまった。そしてそれは、2020年に起きたコロナ危機におけるトランプの反科学的な発言やワクチンに対するさまざまな陰謀論が受け入れられる土壌を作ってしまったことも間違いない。この本は2020年に出版されていてコロナ危機については触れられていないけれども、一人の医師による研究不正がどれだけの命を奪うことになってしまったのかと考えると呆然とする。