Tina Strawn著「Are We Free Yet?: The Black Queer Guide to Divorcing America」

Are We Free Yet?

Tina Strawn著「Are We Free Yet?: The Black Queer Guide to Divorcing America

反レイシズムのコンサルタントでアンチレイシズム・ツアー企画者やポッドキャスターとして活動している黒人クィア女性の著者が、アメリカ合衆国からの脱出(ブラクジット)を目指して奮闘する本。

ブラック・ライヴズ・マター運動の最初の盛り上がりのきっかけとなった、2014年に黒人青年マイケル・ブラウン氏がミズーリ州ファーガソン市警察によって処刑された事件を受け、黒人女性が指導的な地位に付く必要性を強く感じた著者は、ステイシー・エイブラムスさんが出馬したジョージア知事選やその他のいくつかの選挙運動に関わったけれども、警察による黒人の殺害はおさまらず、殺人を行った警察官が刑事責任を問われることはほとんどなかった。さらに著者は反レイシズムのコンサルタントやポッドキャスト配信者として活動をはじめるも、ブリアナ・テイラー氏やジョージ・フロイド氏らが殺害され全国的に抗議運動が広がる2020年ころまでにはレイシズムと戦うのに疲れ果て、米国からの脱出を考える。ちょうどその年のはじめ、著者はヴェトナムに移住するヴィザを取得したのだけれど、コロナウイルス・パンデミックの拡大により国境は閉鎖され、移住は不可能に。調べたところジャマイカが一時隔離やマスク着用などの対策を取ったうえで外国人の一時滞在を受け入れていることを知り、すぐにジャマイカに移住することに。

アフリカ系アメリカ人がレイシズムとの戦いに疲れて国外に移住する動きがイギリスのブレグジットになぞらえて「ブラクジット」と名付けられたのは最近のことだけれど、アメリカの黒人活動家や作家、アーティストらが海外に一時滞在あるいは移住するのは19世紀末期から現代まで多数の例がある。そこでかれらはカリブ海やアフリカの黒人国家に住み着いて現地の人たちに溶け込んだり、あるいは黒人差別がないわけではないもののアメリカほど暴力的でも苛烈でもないヨーロッパなどでアメリカでは得難い一人の人間としての経験をし、力を付けて帰国してきた歴史がある。国外に脱出する黒人に対しては「経済的その他の理由で脱出できない残りの黒人たちを見捨てるのか」とほかの黒人からの反発もあるものの、著者はアメリカの黒人たちにレイシズムと闘い続ける義務があるという考えに同意できない、と言う。

また著者は、過去に民主党の政治家たちを当選させるために奔走した経験から、アフリカ系アメリカ人たちは民主党からもブラクジットすべきだと主張する。共和党ではないから、二大政党のうちではマシだからという理由で黒人たちが民主党に投票し続ける限り、民主党は黒人たちの声に耳を傾ける必要を感じない。クリントンやバイデンのように過去に福祉改革や犯罪法などによって黒人たちを苦しめてきた政治家に投票することを拒否するべきだ、黒人が大挙して棄権してはじめて民主党は黒人票のありがたみを思い出すはずだ、と主張する。

著者のコロナウイルス・パンデミックについての意見はさらにポレミック。彼女は自分は反ワクチンではないと断ったうえで、ジャマイカからアメリカにおけるワクチンをめぐる論争を見学した結果としてワクチンを接種しないことを選んだと言う。アメリカでは白人の保守派や陰謀論者の反ワクチンとは別に、過去に黒人たちがさんざん人体実験の対象とされたり医療によって騙され裏切られてきた経験から、ワクチンに対して懐疑的な黒人が一定数存在する。ところが「黒人の命が大切だ」と言っている民主党支持派の白人リベラルたちは黒人が医療に抱く不信感を理解しようとせず、黒人を叩く合理的な理由ができたとばかりにワクチンを拒否する黒人たちを叩き、かれらの職や社会参加の機会を奪おうとしている、と著者は主張。実際、ロックダウン初期に警察が大人数で集まるのを取り締まっていた都市では、白人たちは注意されるだけなのに黒人は逮捕される、といった不公正があった。そうした風潮に対抗し攻撃されている黒人たちに連帯するために、自分はワクチンを接種しない、というのが著者の立場だ。

しかし彼女はジャマイカへの一時滞在者として六ヶ月に一度アメリカに帰国してヴィザの更新をしており、その度に米国とジャマイカそれぞれの多数の人たちを危険に晒していることになるし、アメリカでインフルエンサーとしての収入がある彼女はジャマイカでは富裕層であり病気になれば恵まれた環境で医療を受けたり療養できるのに対し、彼女が危険に晒したジャマイカ人たちはその限りではない。彼女はジャマイカで同じようにアメリカから脱出してきた黒人女性と親しくなり、彼女と毎日のように遊ぶのだけれど、その友人はコロナに感染して亡くなってしまった。「ワクチンを拒否する黒人の命も大切だ」という彼女の主張は分かるけれど、そのワクチン拒否によって少なくない黒人の命が失われているのも事実なわけで。

この本に貫かれているのは、「自分は、そして黒人たちはもう十分レイシズムと戦った、これ以上戦えと強要されるいわれはない」という確固とした自負とともに、米国や民主党からの離脱を唱え、その結果アメリカ国内の黒人運動が弱体化しても、あるいは民主党が負けてトランプが勝っても、そしてコロナでより多くの人が亡くなっても、それは自分の責任ではない、というものすごい割り切り。彼女の立場には同意できないけれども、わたしにそれを非難するのは難しい。彼女をそこまで追いやったアメリカ社会に立ち向かいたい。