Sudhir Venkatesh著「The Tomorrow Game: Rival Teenagers, Their Race for a Gun, and a Community United to Save Them」

The Tomorrow Game

Sudhir Venkatesh著「The Tomorrow Game: Rival Teenagers, Their Race for a Gun, and a Community United to Save Them

地下経済について調査した過去の3冊の著作がいずれも邦訳されている「ヤバい社会学者」の4冊目にしてこれまでの著作とは毛色の違う、よくできた小説のようなノンフィクション。さまざまな家庭をたらい回しにされている状況から逃げ出したいと願っていたり、大学に行ってストリートの危険から逃れたいという夢を持つシカゴのサウスサイドに住む黒人少年たちが、いつのまにか銃を使ったギャング間闘争に流されていくさまと、それを押し留めようとかれらの家族や地域の牧師、警察官、さらには銃の密売業者らが協力して最悪の事態を防いだ数週間の出来事を、それぞれの登場人物の視点を通して伝える。

舞台となるのはアメリカで最も銃による殺人が多いとされるシカゴの、さらに最も銃による殺人が多い地域。少年たちは周囲の影響で麻薬販売に巻き込まれ、自分たちの縄張りと安全を守るために銃に手を出そうとする。ストリートで最も大事なのはメンツ。あいつは女々しい、弱い、という噂がたったら暴行されて縄張りも失うので(そしてさらに縄張りを任せてくれた上役にもボコられる)精一杯威勢を張ろうとするけれど、フェイスブックの秘密グループなどソーシャルメディアにおける評価は容赦ない。自分たちのタフさを証明するために敵を作り出し叩こう、と言い出したことから騒動ははじまり、銃を持ち出して相手を脅すだけのつもりがそういうことに慣れないため人に当たらなかったとはいえ発砲してしまい、さらに相手の財布も奪ってしまう。襲われた側も当然、周囲にナメられないためには自分たちのタフさを証明しなければならず、報復のため銃を入手しようとする。

同じ地域で育った少年たちの父親たちも、自分の息子には相談して頼って欲しい、危ないことに関わらず逃げて欲しい、と思いつつも、自分も若いころはメンツを守るために闘った経験があり、闘わなければ今後さらに暴力の餌食になって地域で生きていけなくなることも分かっているので、無理やり止めることはできない。地元のギャング同士の抗争を和解させる取り組みを行っている地域の牧師は、危ういバランスを保つことの重要さを理解している警官や、自分が売る銃が少年たちの取り返しのつかない行動に使われることを懸念した銃の密売業者らが協力し、少年たちがさらに銃を入手して衝突することを防ごうとする。

少年たちが銃に頼るのは、かれらが日常的に恐怖に怯えているからだ。暴力に抵抗せずメンツを潰されたらその後ずっと暴力や搾取の対象になってしまうので、そうならないように武装する、あるいは暴力を受けたらきちんと報復する。かれらだって銃を撃つのも人を殺すのも怖いから「銃を見せつけて脅すだけ」「銃は使わずに殴るだけ」と考えて行動するけれども、実際に衝突が起きたら立ち止まるのが難しい。保守政治家や保守メディアはよく、そんなに「黒人の命が大切」(ブラック・ライヴズ・マター)だというなら、シカゴでは黒人の若者が多くの黒人の命を奪っているのにどうして白人警官の暴力だけ問題視するのか、と論難するけれど、この牧師だけでなく地域の大人たちは、目の前で傷つけあっている黒人少年たちを救おうと必死の活動を続けている。しかし厳しい貧困や教育・就業機会の欠如など社会レベルの問題が積み重なり、麻薬売買など危険な地下経済に関わらずに生きていけるヴィジョンを示せないでいる。

登場人物のほとんどが犯罪者なんだけれど、ほとんどはできるだけ人が傷つかない選択と、より良い未来を探している。「銃犯罪が頻発する都市・シカゴ」というイメージが強いけれども、そこで実際に生きている人たちはもっと優しくて、たくましくて、必死に生きていることを再確認させてくれる本。