Soraya Chemaly著「The Resilience Myth: New Thinking on Grit, Strength, and Growth After Trauma」

The Resilience Myth

Soraya Chemaly著「The Resilience Myth: New Thinking on Grit, Strength, and Growth After Trauma

不利な状況やトラウマから自己回復する能力とされる「レジリアンス」(レジリエンス)の概念の個人主義的・自己責任論的な濫用を批判し、共同的なケアの充実を訴える本。

レジリアンスの概念がアメリカで広まったのは、2001年の同時多発テロ事件のあと。ニューヨーク世界貿易センタービルの近くで事件を目撃した人をはじめ、多数の人たちが家族や友人を失い衝撃を受けたが、その後の研究によりその大半の人たちはそのショックから立ち直り普通の生活を取り戻していることがわかった。これをきっかけに、過去の研究でも児童虐待や性暴力、大規模な事故や事件、戦争などさまざまな困難を経験した人たちのなかにも、その後長期にわたってトラウマの影響に苦しんだ人もいれば、比較的少ないダメージでやり過ごした人もいることが注目され、苦境から回復する力のことをレジリアンスと呼び、それを強化することでより多くの人たちが過去のトラウマに悩まされることなく社会参加できるようにしようという考え方が広まった。

しかしこうしたアプローチは、レジリアンスを個人の能力として扱い、独立した個の力を過信することで個人の回復を支えている社会的な仕組みやケア労働の役割を抹消し、犠牲者非難を起こす「有害なポジティヴ思考」や感情を押し込めて否認する有害な男性性を奨励し、資本主義の論理を通して経済的な生産性を当人の健全さ・健康さとすり替えるという、暴力的な思想の押し付けを生み出した。またレジリアンスを育てると称するプログラムのもとで、もともとの困難を生み出した差別や暴力や格差が放置され、心に傷を負った人たちが早急に職場や戦場への復帰を求められるのも問題。

そうしたアメリカ社会における一般的な個人の能力や性質としてのレジリアンスにかえて、共同的なレジリアンスを提唱する。それは先住民や黒人をはじめさまざまな困難を経験してきたコミュニティが仲間を支え助け合ってきた作業に注目し、自立ではなく共存共栄を目指すものだ。同時多発テロ事件の遺族や目撃者たちの多くが回復できたのも、その事件の悲惨さが広く社会に共有され、感情的にも経済的にも多くの人たちに支えられてきたことが関係しているはずで、声をあげることもできず共感や支援を受けられず孤立した人たちの回復が遅れてしまうのはかれら個人の責任ではない。トラウマについての最近の考えをふまえ、レジリアンスの社会的機能について丁寧に論じた本だった。