Rupert Russell著「Price Wars: How the Commodities Markets Made Our Chaotic World」

Price Wars

Rupert Russell著「Price Wars: How the Commodities Markets Made Our Chaotic World

食糧危機、アラブの春とその後退、イスラム国の台頭、ブレグジットやトランプ旋風、ヴェネズエラの混乱、難民危機、そしてウクライナへのロシアの侵略まで、2000年代後半から起きた世界的なイベントを、国際的なコモディティ市場の動向から説明し、今後起きる気候変動や感染症の蔓延がさらなる混乱のきっかけになることを警告する本。著者は社会学の博士号を持つライター兼映像作家で、イラク、ヴェネズエラ、ソマリア、グアテマラ、そして数日前に始まったロシアの本格的なウクライナ侵攻で注目を集めているドネツク共和国(ロシアが一方的に独立国家と認定しているウクライナ東部の地域)など世界各地を取材に訪れ、それぞれの地域の人たちがコモディティ価格の乱高下のもとどのような影響を受けどのようにして生きているか紹介している。

著者がさまざまな人道的悲劇の原因として名指しするのは、1990年代にはじまり2000年代にさらに進められた金融市場の規制緩和の結果、よりケインズの言う「美人投票」的な性格を強めた金融デリバティブ市場。もともとは農家やその他の生産者やかれらと取り引きする業者の経営を安定させるための保険として広まった先物取引などのデリバティブが、規制緩和を受けて行われた投機により実際の個別のコモディティ市場の需給バランスとはかけ離れた形で取り引きされ、それが実際には不足していないはずの原油や食料の価格暴騰を招いてしまった。それは一方で一部の原油生産国の政権の強権化や攻撃性を強め、他方ではそれ以外の国の政権を不安定化させた。実際に2007-2008年の食糧危機に関しては、ハーヴァード大学やゴールドマン・サックスのコモディティ投機ファンドがその原因の一つだと指摘されている。これらの投機ファンドが細かな利益確保を求め、ファンダメンタルに基づいて投資するのではなく同業他社の手を読み合いながら一斉に売り買いを繰り返すことで、小さな需給のショックが一気に拡大され、本来なら起こらなかったはずの危機が起きてしまう。今後気候変動や新たな感染症の拡大が予想されるなか、それらがもたらす経済的な被害が本来のスケールを超えて拡大され社会を不安定化させることが懸念される。

全体として読みやすくストーリーとしてもおもしろいし、この本が出るタイミング(発売日は2022年2月1日)でロシアによるウクライナへの本格侵攻がはじまったこともありドネツク共和国での取材の話は特に興味が持てた。ただカオス理論やカーゴ・カルトなどカッコつけた説明に使った用語の部分に「それちょっと違うんじゃ」と感じるところがあったし(この人が主張している物事の因果は普通に論理的に追える範囲で、カオス理論いらんやろ、とか)、あまりに単純化しすぎてたり他の説明を省きすぎている気もする。一つの見方という意味では参考になる。