Ricky Tucker著「And the Category Is…: Inside New York’s Vogue, House, and Ballroom Community」
近年「Pose」や「Legendary」といった人気テレビシリーズによって一般にも広く知られるようになったニューヨークのボールルームカルチャーと、その中心にいる若いクィア&トランスの黒人やらティーノたちについての本。著者はボールルーム出身ではないものの20代後半にボールルームに出会い影響を受けた黒人クィア男性のライターで、多数のボールルームのレジェンドたちのインタビューも掲載された贅沢な本。人種差別とホモフォビアやトランスフォビアによって受け継がれ150年の歴史を持つボールルームは時代のさまざまなタイミングで主流文化に「発見」され、そのたびにたとえばマドンナが「Vogue」でそのスタイルを流用して注目されたりもしたが、そうした主流文化のエンターテインメント産業との関係や、エイズ危機以降増えた公衆衛生機関とのコラボレーションなど、抵抗文化としての複雑な立ち位置や発展など非常に興味深い。
ハーレムで生まれたボールルームに対し、ブロンクスで生まれたヒップホップも若い黒人たちによる抵抗文化という点は似ているが、ボールルームやドラァグにはそれに加えてクィアやトランスであるせいで家族から追い出されたり家出せざるをえなかったりして、もともとの家族を失った若い人たちが集まって形成された点が特徴的。そのなかで年上のパフォーマーが母親役となって若い人を受け入れ家族を作り、それぞれの家族がネットワークを構成するという文化が立ち上がった。それは著者の言うところの「排他的だが誰でも受け入れる」不思議な共同体だ。
ボールルームには「誰でも自分を自由に表現できる」のと同時に、ミスコンテストのようにパフォーマンスだけでなく外見も厳しく審査され順位を付けられる厳しさもあり、それは道を歩いているだけで暴力のはけ口になりかねない日常のなかで女性的な「リアルネス」を身に着けなければ生きていけない黒人トランス女性たちの経験に基づいたものとはいえ、そこから疎外される人も出てくる。また、貧しい黒人たちを中心とした文化でありながら、白人デザイナーやアーティストの名前をよく引用していたり、合法的にはなかなか手にできないハイブランドがステータスになっているなどの矛盾も。近年キキと呼ばれるようになったボールルームのなかでも特に若い人向けのサブジャンルは、そうした外見やブランドによる競争的な側面を緩和して、より裾野を広げようとする試みだ。
わたしが住んできたポートランドやシアトルにもボールルームカルチャーはあるのだけれど、正直わたしは白人レズビアンのコミュニティの出身なので、めちゃダサなレズビアンフォークソングくらいしか文化を受け継いでおらず(うそですごめんなさいライオットガールとかスポークンワードとかアクティビズムもいちおー受け継いでいます)、ボールルームについてはなんとなくしか分かっていなかったけれど、この本でずいぶんと基本的な知識が(これまでぼんやりしていた部分がはっきりとしたみたいな感じで)ついた気がする。「Pose」途中で見るのやめちゃってたので、見直そうかな。日本からもNetflixで第2シーズンまで日本語字幕付きで観られる様子。