Prachi Gupta著「They Called Us Exceptional: And Other Lies That Raised Us」
インド系移民の家庭の娘である著者が、理想的な成功を手にしたように見えた自身の家族がその成功のために抱え込んだ秘密に押し潰され崩壊していく経過を事細かに書いた、壮絶な自叙伝。
インド系アメリカ人家庭の平均所得は日本円で1800万円にも及び、マイノリティであるにも関わらず成功をおさめている「モデル・マイノリティ」と呼ばれることの多いアジア系アメリカ人の中でもぶっちぎりで成功しているモデルマイノリティの中のモデルマイノリティ。著者の家庭もエンジニアから外科医に転向して成功した父、インドからお見合い結婚で呼ばれた主婦の母、そして厳しい父の教えを守り勉強に励む著者と弟の四人家族。父の方針でたくさん本を読まされ、学校では同年代の子どもが知らないような難しい言葉を使って教師に驚かれたりするものの、勉強に集中するために遊ぶことを厳しく制限された著者は通っているエリート私立学校で周囲に溶け込めなかった。同じように溶け込めず、同級生とは宿題の答えを教えるだけの関係しか持てなかった弟とともに、二人の姉弟はお互いを支え合って育った。
溜め込んだ資産を親族を支援するために使うことで理想の成功者として振る舞う父は、家庭内ではなにをきっかけに突然怒りを爆発させるかわからない暴君で、母はかれに付き従い何も言わない。アメリカに移住することでより自由に生きることができると期待し裏切られた母と、インド系女性をふくめアメリカで生まれ育った女性は自分勝手で夫を立てないからとわざわざインドから彼女を呼び寄せた父の関係は、はじめから矛盾を抱えていた。子どもたちの不満は、父ではなく自身に向けられた暴力や暴言に反撃しようとしないばかりか父の怒りを収めるためにかれに付いて子どもを守ろうとしない母に向けられた。
精神的な苦痛から次第に成績を落としついには「お前は生涯メイドにしかなれない」と父に突き放された著者に対し、ほんとうは好きじゃないのに父の言いなりにコンピュータを学ばされた弟はしかしそこで才能を発揮し、テクノロジーにのめり込んでいくが、スペースXでインターンしている最中に自殺未遂を起こすなど精神的な問題も表面化していく。いっぽう父から期待を受けなくなった著者もアートで入学した大学でビジネスに進路を変更し、一流コンサル会社で仕事をするなど父親に言われていた通りのキャリア的な成功を手にするが、彼女が父から自立すれば自立するほどかれは彼女に対する支配を取り戻そうと異常な行動に出る。それはかれが母や叔母など親族内の女性たちに対してずっと行ってきた行動だった。父と対立していたはずの弟も、シリコンバレーで出会った男性優位思想に影響され、いつの間にか女性に対する妬みと敵愾心を通して父との関係を再構築していく。そして起きるさらなる悲劇。
全編を通して母への語りかけの形で綴られる本書の最後では、しかし母のことを著者自身がまったく理解していなかったこと、理解しようとしなかったことを謝罪する。「モデル・マイノリティ」というアメリカの人種システムを支える神話に取り憑かれ、その実現のためにすべてを捧げた結果、メンタルヘルスやミソジニー、家庭内暴力、そして家族の絆といった重要な部分から目を反らし続け、崩壊してしまった家族の残骸を丁寧に拾い上げ日の下に晒す、読んでいるだけで痛々しく感じて「もうこの話終わって!」と何度も思う本。子どものうちに一度折れたおかげで持ち直した著者と、折れることができなかった父や弟、折れる自由すらないままぐちゃぐちゃに折られた母という、移民家庭にありがちなそれぞれの悲劇のパターンが全部入っている。わたしはこんなの絶対書けない。本書の元となった弟の話は著者が働いていたフェミニストメディアJezebelに「Stories About My Brother」として2019年に掲載されているのでそちらからでもいいから読んで。