Nicole Pasulka著「How You Get Famous: Ten Years of Drag Madness in Brooklyn」

How You Get Famous

Nicole Pasulka著「How You Get Famous: Ten Years of Drag Madness in Brooklyn

ニューヨーク・ブルックリンの2010年代のドラァグシーンについての本。ブロードウェイで働く本職のファッションデザイナーやメイクアップアーティストの影響から完成度の高い衣装やメイクを身にまとった美しいドラァグクイーンたちが熾烈な競争をしていたマンハッタンのドラァグシーンに比べ、ブルックリンの安酒場を舞台に広まったドラァグシーンでは、年齢を偽って入場する未成年をはじめ、あまり衣装などにお金をかけられないパフォーマーたちが創意工夫を発揮する独自の文化を作っていた。そこでは単に美しく華やかな装いをするのではなく、よりジェンダー錯乱的だったりメッセージ性のある、キャンプ色の強いパフォーマンスが評価されていた。

そういうなか、日本でも一部で注目されているリアリティ番組「ル・ポールのドラァグ・レース」の放映がはじまり、ルポールが象徴するマンハッタン的なグラマーをまとったドラァグクイーンのイメージが世間を席巻する。もともとルポール自身、画一的な女性美の評価基準に異を唱え、パンク的な価値観をドラァグに持ち込むことで有名になったパフォーマーなのだけれど、この番組ではパンクを拭い去り、過剰に表現された画一的女性美が評価されるシステムが採用された。番組に出演したドラァグクイーンたちは、優勝した人はもちろん、序盤で敗退した人たちも一躍有名人となり、各地のイベントやゲイバーで引っ張りだことなる。ドラァグパフォーマンスで生活する道が生まれたことで多くのクイーンたちは出演を夢見るも、ブルックリンのシーンで支持を集めていたアーティスティックなパフォーマンスは番組では歓迎されず、ファッションや整形にお金をかけないと勝てない状況が生まれた。

また、番組の売りはあくまでリアリティ番組としての人間ドラマであり、いいパフォーマーが必ずしも出演できるわけではなく、あらかじめドラマになりそうな人が選ばれるなど、自己表現としてのドラァグパフォーマンスとテレビ番組として求められるコンテンツとしての価値のあいだには距離が生じていた。「ドラァグ・レース」が人気を博すとともに、ブルックリンのドラァグクイーンも何人か出演したが、貧困から抜け出せるかわりに本来自分がやりたかったパフォーマンスではなく番組の視聴者が期待するような画一的女性美のパフォーマンスを求められたり、それまでドラァグシーンに一切触れたことがなかったような視聴者たちが、番組に登場する毒舌審査員やクイーン同士のキャンピーな口喧嘩の口調を真似て失礼な暴言をクイーンたちに向けたり、ネットでバッシングしたりというケースも増えた。この傾向は「ドラァグ・レース」がLGBT向けチャンネルのLOGOから一般視聴者向けのVH1に移籍して以降、さらに深刻となった。

それと同時に、マンハッタンよりは家賃が安かったブルックリンにもジェントリフィケーションの波が押し寄せ、夜遅くまで騒音を出していたクラブが新たに移住した住民たちの苦情により閉鎖されたり、クイーンたちに憧れる若いゲイ男性たちを受け入れて支えるような余裕も失われていった。さらにコロナ危機では多くのクラブが閉鎖され、ドラァグイベントも休止あるいは廃止されてしまうなど、ブルックリンのドラァグシーンの存続が危ぶまれる状況にある。「ドラァグ・レース」がドラァグカルチャーを社会に広め、それによって一部のトップパフォーマーたちがドラァグパフォーマンスにより生活できるような市場を作り上げた一方、一般に浸透してしまったために起きた問題も少なくない。

わたしは「ドラァグ・レース」は見ていないし、ドラァグクイーンのショーも数回しか見たことがないのだけれど(昔レズビアンバーでドラァグキングのパフォーマンスならたくさん見たし、一時期ドラァグキングパフォーマーが同居人だったこともあるけど、キングも最近はずっと見てない)、著者が描写するような型破りな2010年代のブルックリンのドラァグシーンは、わたしが覚えている2000年代のポートランド〜オリンピア〜シアトルあたりのドラァグカルチャーと共通性があるような気がして懐かしい感じがした。後者についてはわたしの友人が監督を務めたドキュメンタリ「Third Antenna: A Documentary About the Radical Nature of Drag」に詳しいのだけれど、数年前彼女にThird Antennaをもう一度見たいと言ったところ、本人も原本がどこにあるか分からないという状態だった。なんとか探し出してデジタル化して保存しないといけないなと思い出した。