Nancy Fraser著「Cannibal Capitalism: How Our System Is Devouring Democracy, Care, and the Planet—And What We Can Do About It」

Cannibal Capitalism

Nancy Fraser著「Cannibal Capitalism: How Our System Is Devouring Democracy, Care, and the Planet—And What We Can Do About It

政治哲学者ナンシー・フレイジャーせんせー(日本では「フレイザー」という表記で著書が出版されている)の新著。タイトルの「カンニバル」は通常は人食い、あるいは共食いを意味する言葉だけれど、本書では著者が資本主義の第四段階と呼ぶ現代の国際金融資本主義がそれを成り立たせている市場外の(とされる)さまざまな基盤を食い荒らすことで自らの危機を招いている様子を指して「カンニバル資本主義」と呼んでいる。

現代の資本主義が食い荒らしている基盤には、労働者を再生産する育児や家事を含めた家庭内のケア労働であったり、教育や文化や娯楽など社会的再生産に必要な社会資本、資本主義へのインプットとしての資源や、廃棄物をアウトプットする先の環境、簒奪の対象とされる非白人たちが住む途上国の資源や自然と自由を持たない労働力、そして安定した通貨や市場を提供し契約の履行を保証し時には制度的な危機に対処したり資本主義に対する抵抗や反乱を押さえつける暴力装置としての政府などがある。現代の資本主義は自らを成り立たせているこれらの基盤を無尽蔵で無償のリソースとして利用する一方、自由に国境を超えてより有利な土地へと展開することでそれらの再生産やメインテナンスにかかるコストを徹底的に隠避している。著者によると、現代における資本主義とは単なる私有財産制や市場経済制のことではなく、環境やケア労働や公共財など資本主義を成り立たせている基盤への資本によるフリーライディングを可能にする社会的・政治的制度だ。

資本主義は労働力を含めた資源の市場による効率的な分配によって富を増やすとされているが、その実、環境やケアや公共財への簒奪的な依存によって成り立っている。こうした市場外の基盤の簒奪は、かつては物理的な距離や技術的な限界、政府の実効支配力などによりある程度の制約を受けていたが、国際化や技術革新、そして経済の金融化などによりそうした制約が通用しなくなった。その結果、資本は自らが消費する家庭内・社会的再生産のリソースや環境、そして民主主義などさまざまな基盤の維持に必要なコストを支払わず、労働条件のさらなる悪化や環境破壊による健康や生命の危機などをこれまで以上に周縁に押し付けることで存続している。コロナ危機の到来により露呈したケア労働やエッセンシャル・ワークの構造的な不足や、気候変動による弊害が深刻化し続けていること、そして世界各地で力を増す権威主義的な指導者たち連邦議事堂占拠事件などから明らかな民主主義の危機など、どの方向を見てもカンニバル資本主義が限界を迎えていることは明らかだ。

こうした危機に対して、たとえばケアの社会化や環境保護、民主主義を守るための取り組みなど、資本主義によって食い荒らされた基盤の再建やメインテナンスを目指す試みは、対処療法にしかならない。必要なのはカンニバル資本主義が自らを成り立たせている基盤を食い荒らして自壊することを防ぐための、現代的な社会主義だと著者は主張する。彼女の言う社会主義とは、人々の生存と人間的な生活のために必要な社会的・環境的条件の社会的な保護と人々の平等に基づいた民主主義の尊重を前提とし、資本が自らが消費する公共財やその他の「市場外の」リソースのメインテナンスにかかるコストをきちんと負担する仕組みを取り入れた市場の運営だ。

トランプ・ブレグジット・コロナ以降のさまざまな社会的・政治的課題がどう繋がるのか分析した、いつもどおりの鋭く力強い文体の本。短めだし章の構成もうまくできているので広く読まれてほしい。