Nana Kwame Adjei-Brenyah著「Chain Gang All Stars」

Chain Gang All Stars

Nana Kwame Adjei-Brenyah著「Chain Gang All Stars

いつもノンフィクション本ばかり読んでいるわたしがあらすじを知って「これは絶対読みたい!」と数年ぶりに思った小説がこれ。このツイッター&ブログでの読書報告企画では577冊目にしてはじめてのフィクション。注目の若手黒人男性作家による初の長編作品。

舞台はほんの少しだけ未来のアメリカ。古代ローマの剣闘士による命がけの決闘が企業にスポンサーされた一大スポーツとして復活し、刑務所に入れられた囚人たちは三年間勝ち続け生き残ったら自由を得られる条件で選手として勧誘される。選手たちはかつての奴隷のように鎖で繋がれ連行される一方、ファンたちの熱狂的な応援を浴び、ポイントを貯めランクを上げると衣食住の面でさまざまな優遇措置を受ける。

作品内ではデスマッチがメジャースポーツとして成立していて、老若男女のファンが選手の強さに憧れ命がけの勝負に熱狂している。あいつらは本来殺されても仕方がない犯罪者たちで、選手になることでエンターテインメントや経済効果の側面で社会に貢献できるのだ、という考え方が多くの人たちに受け入れられている社会。いっぽうそれに反対する人たちによるデモも起きているのだけれど、かれらは殺し合いのエンターテインメント化だけでなくその背後にある囚人たちの非人間化にこそ反対していて、だから刑務所や入管による監獄の廃止を主張している。架空の制度に対する架空の反対運動ではなく、奴隷解放運動から現代の監獄廃止運動に繋がる現実の社会運動が作中に登場している。

最強の選手として絶大な人気を誇る黒人女性選手は、自由の獲得が近づくなかチームメイトの男性が試合の外で同じチームの一員によって殺害されたことをきっかけに、チーム内の暴力を禁止し全員に十分な食事を分配することを決める。会場の外でも監獄廃止活動家らによるデモが起き、内外で囚人たちの人間性を取り戻そうとする動きが。しかし犯罪者同士に殺し合いをさせそれをエンターテインメントとして提供することを正義と信じるメディアやスポンサー企業、政府などはそれを許さない。

殺し合いスポーツだけでなく刑務所そのものの非人道性や、刑事司法制度における黒人差別、警察による暴力、正当防衛の結果罪に問われる性暴力サバイバーの存在、監獄廃止運動とそれに対する懐疑論や中傷など、作品世界は現代アメリカとこれまでの経緯を共有している。ところどころでは脚注としてそれらのデータや歴史的事実が掲載されていて、小説としては特殊。主人公の黒人女性はチームメイトの別の黒人女性と恋人の関係にあり、それが大筋では受け入れられているもののホモフォビックだったりレイシストやセクシストな嫌がらせがあったりするなどの描写もリアル。

また、チーム内殺人の真相、ほとんどの選手が死に至る「スポーツ」に囚人たちが志願する動機、かれらの収監以前の人生やそれからの経験、ファンから選手に送られるメッセージ、選手に殺された人の遺族の複雑な気持ち、スポーツキャスターに抜擢されたのに生放送で「これはスポーツではない」と発言して活動家に転身する黒人女性、「スポーツ」の熱狂的なファンの夫とかれの関心を惹こうと理解を示そうとする妻など、刑務所の内外のさまざまな人たちがさまざまな形でストーリーに関わっていくところも、小説ならでは。

小説の紹介ってこれまでしたことがないのでこれでいいのか分からないけど、とりあえずネタバレしないように一般的な本の紹介に書いていないことはできるだけ書かないでおきました。最後、残りページ数これで大丈夫なのかなと思ったら突然終わってしまって切なかった。わたしは小説を読むにもこんなに分かりやすく政治的な作品じゃないといけないのかよ、と自分にツッコミいれつつ、数年ぶりの小説、読んでよかった。先に出版されている作者の短編集も読みたい。