Melanie Joy著「The Vegan Matrix: Understanding and Discussing Privilege Among Vegans to Build a More Inclusive and Empowered Movement」

The Vegan Matrix

Melanie Joy著「The Vegan Matrix: Understanding and Discussing Privilege Among Vegans to Build a More Inclusive and Empowered Movement

カーニズム」(肉食主義)という言葉を生み出したヴィーガン活動家・作家として知られる著者が、近年のMeToo運動によってヴィーガンやアニマルライツのコミュニティ内で指導的立場にあった多くの男性たちの性暴力や性差別が告発されたことや、それに対してほかの男性たちが「動物に対する暴力に比べると大したことない、そのような告発で運動を攻撃することは動物の苦しみをさらに増やしている」と反応したことに対して、ヴィーガンは性差別や人種差別などすべての暴力と抑圧に反対するべきである、少なくともそれらに加担すべきではない、と主張する、100ページにも満たない短い本。ヴィーガンの読者を想定して、ヴィーガンならわかるであろう話を例にして主に性差別に対抗する必要性について説明している。

ただその「ヴィーガンならわかるであろう話」というのが疑問。セクシズムやレイシズムを経験したことがない人(主に白人男性)に対して、あなたたちが経験しているカーニズムから類推してほしい、と説明するけれど、そこで著者が挙げているのは、自分がヴィーガンであると言ったら頭がおかしいと言われたり、ヴィーガニズムや肉食についてさんざん学んだり考えたりしている自分より明らかに知識も思索も足りない肉食者に非科学的だとか感情的だと否定されたりという経験だけど、カーニズムという言葉がいつの間にか「動物の搾取と虐待を正当化する論理」から「ヴィーガンをないがしろにする論理」へとすり替えられているように見える。これらのヴィーガンの経験と比べられるのは「セクシズムに反対する男性」や「レイシズムに反対する白人」の経験であり、女性や非白人が経験しているセクシズムやレイシズムではないだろうし、セクシズムやレイシズムを構造の問題ではなく周囲の人間の偏見に矮小化しているように感じる。「カーニズム」を含んださまざまな抑圧のシステムの総称として「パワーアーキー」(power + hierarchy)というアホくさい造語を使っているのはいいとしても、インターセクショナリティについての認識(さまざまな抑圧に反対すべき、少なくとも加担すべきではない、程度の扱い)も浅すぎる。わたしはあまり認識してなかったけどアニマルライツの観点から「All lives matter」というスローガンを使っていた人がいたらしくて、それは良くないよ、と指摘しているのは、まあ当たり前だけど良かった。

本の終盤では、キング牧師を引用するなどして、不正義の告発が暴力的になるのは良くない、相手に伝わるように丁寧にリスペクトを持って行いましょう、という話が延々と続いていて、この本のそもそもの発端であるところのMeTooに対する(一部)男性の反発に同調しているように見えてしまう。実際「not all men」とか言ってるし。ヴィーガンとしてさまざまな偏見にさらされながら丁寧にカーニズムの批判を積み重ねてきた著者だからこそという気もするけれど、フェミニストを自称する著者がここまで男性ヴィーガンの読者に配慮しなくちゃいけないのは、なんなんだろうな。あと、表紙もうちょっとマトリックスっぽくなるよう頑張って欲しかった。