Matthew Dallek著「Birchers: How the John Birch Society Radicalized the American Right」

Birchers

Matthew Dallek著「Birchers: How the John Birch Society Radicalized the American Right

1960年代から1970年代にかけて大きな影響力を持ち現代のアメリカ右派運動の源流となった極右反共組織ジョン・バーチ・ソサエティについての本。

ティーパーティ運動やトランプのMAGA運動、QAnon運動のはるか前、世界政府の危険や隠れ共産主義者によるアメリカ支配などの陰謀論を唱えてアメリカの保守運動のなかでも異彩を放っていたジョン・バーチ・ソサエティ。1958年に実業家のロバート・ウェルチによって創設されると、現在の共和党の最大の資金提供者とされるコーク一家をはじめ、ビジネス界を中心に地元の名士とされる白人男性たちのあいだに広まった。その思想は反共産主義、反移民、孤立主義などアメリカの保守運動に伝統的な立場ではあったものの、第二次世界大戦を連合国最高司令官として指揮し戦後大統領になったドワイト・アイゼンハワーをソ連に甘い隠れ共産主義者だと糾弾したり、最高裁判事のアール・ウォレンを弾劾するよう議会に求める運動をするなどの活動から、保守主義者たちのあいだからも賛否両論を呼ぶとともに、草の根的に支持を広げていった。

アメリカの伝統的な、そして良識ある(トランプの暴走を否定する)保守主義者を自認する人たちのあいだでは、かれらが尊敬する戦後保守インテリの巨人ウィリアム・バックリーが自身の主宰する雑誌でジョン・バーチ・ソサエティを異端として厳しく批判し、保守運動の主流から追放したことが誇らしげに語られてきた。しかし最近の研究では、バックリーはウェルチ個人とジョン・バーチ・ソサエティを否定しながらソサエティのほかのメンバーや関係者らを追放することはせず、黒人公民権運動に対して「共産主義者(かれらの中ではユダヤ人という前提)によって愚かな黒人が扇動されているだけ」として反対するなど、思想的にもソサエティの考え方を否定することには至らなかった、とされている。この結果、ジョン・バーチ・ソサエティに過激な極右団体というイメージがまとわりつくと同時に、かれらの考え方自体はアメリカ保守運動のなかに広く根付き、共和党を支えるさまざまな保守思想・保守運動の一翼を担うようになる。

歴代の共和党の政治家たちは、ジョン・バーチ・ソサエティそのものとの関わりを否定しつつ、かれらの価値観や陰謀史観を共有する支持者たちとの関係の維持に苦労した。ニクソンやブッシュ41stらはそもそもエスタブリッシュメントとして信用されず、レーガンはかれらに期待を抱かせつつ連邦政府を拡大させたりソ連のゴルバチョフとの和解を進めるなどして失望させた。ブッシュ43rdは自身をエスタブリッシュメント政治家一家の一員としてではなくテキサス出身の経験なキリスト教徒として見せようとしたが、移民制度改革を行おうとしたりイラク・アフガニスタン戦争をはじめるなどによりグローバリストとみなされる。2008年の大統領候補だったマケインはオバマのことをケニア生まれの過激派イスラム教徒だと訴える支持者を諌めるなど陰謀論を否定したし、2012年のロムニーに至ってはジョン・バーチ・ソサエティ初期の最大の批判者で宿敵だったジョージ・ロムニーの息子。ジョン・バーチ・ソサエティやその継承者たちが抱く、ユダヤ人や黒人への偏見や強硬な反移民主義、キリスト教ナショナリズム、対外孤立主義、そして陰謀論への傾倒や権威主義などを体現する共和党大統領が生まれるのは、2016年のトランプまで待たなければいけなかった。しかしそれは50年を経てかつて異端とされたソサエティの思想がついに共和党の中心に居座るまでに増長したことも意味する。

わたしはジョン・バーチ・ソサエティのことを「かつて有力だった極右団体」程度には理解していたけれど、この本を読んで特におもしろいと思ったのはその運動論の部分。たとえばソサエティは設立当初、アイゼンハワーが共産主義者だという批判やウォレン弾劾運動など、当時のアメリカ保守運動のなかでも特異な極端な主張をしたけれども、そうした運動は一気に注目を集め、大多数の人に悪印象を持たれるいっぽう、確実に多数の支持者を獲得した。またソサエティは支持者たちに各地に支部を作らせたけれども、それぞれの支部には最高で20人までしかメンバーが加入できないというルールを作り、20人を超えた場合はすぐに新たな支部を作らせた。そうすることで参加者たちは常にアクティヴに参加することを強いられると同時に、指揮系統を細分化することでどれか1つが問題を起こしても切り離せるし、反差別運動やFBIのスパイが入り込んでも被害を限定できるようになった。さらに全国のメンバーたちに機関誌の名前を付けた書店を開かせることで集会所や地元への啓蒙活動の拠点とした。

ジョン・バーチ・ソサエティがファシスト団体だと危惧し(実際、初期のソサエティ関係者にはナチ支援者たちもいた)秘密裏に調査を行ったユダヤ系反差別団体ADLの活動もおもしろい。かれらは上記の書店に行って店員と話をしたり、ソサエティの集会や講演会に潜入、時には違法な手段を使ってソサエティのメンバーたちが誰なのか、警察官や軍人がいるのか、資金源はなんなのか、などさまざまな調査を行った。そうして得られた大量の資料は、厳選されたうえで政府やメディアに提供され、ジョン・バーチ・ソサエティの拡大を食い止める一助となった(が、実際に潜入をした活動家たちは、ADLの指導者たちが自分たちが命がけで得た情報が当時公民権運動を弾圧していたFBIに提供されていたことを後で知って怒ったという)。

プラウド・ボーイズQアノン運動などジョン・バーチ・ソサエティの後継とも言えるあたらしい極右運動がニュースを賑わせるなかソサエティの名前はほとんど聞かれないけれど、ソサエティ自体はいまも健在で、オバマ政権以降ふたたび拡大していると言われている。トランプがホワイトハウスを追われた現在も、ジョン・バーチ・ソサエティとそれを源流とする極右運動の影響力は驚異であり続けている。