Maria Ressa著「How to Stand Up to a Dictator: The Fight for Our Future」

How to Stand Up to a Dictator

Maria Ressa著「How to Stand Up to a Dictator: The Fight for Our Future

2021年にノーベル平和賞を共同受賞したフィリピンの女性ジャーナリストの本。ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領による麻薬撲滅を口実とした市民の超法規的殺害や自由の侵害を批判して再三逮捕され罪に問われながらも出国を拒否して戦い続けていることが受賞理由だけれども、彼女が書いている内容は米国など他国でのちに起きる事態の先駆けのようなもので、フィリピンだけでなく世界に共通する課題を訴えかけている。

著者はフィリピン生まれだけれどアメリカで育ちのレズビアンで、両国の国籍を持つ。CNNのマニラ支局長、そしてジャカルタ支局長として米国で9/11同時多発テロ事件が起きる以前から東南アジアにおけるイスラム系テロリストグループなどの取材を続けており、同事件の犯人のうち数人についても以前から注目していた。ほかのジャーナリストたちとともにフィリピンでオンラインニュースサイトRapplerを創業すると、フィリピンで人々の97%が利用しているとされていたフェイスブックを利用して大手メディアに成長させることに成功する。Rapplerが設立されたのは「アラブの春」が起きた2010年代前半で、当時はソーシャルメディアが市民に情報と力を与え民主化に貢献するという考え方が広く受け入れられていた。

しかし彼女はすぐに、その考えが甘かったことに気づく。それはフェイスブックにおいてフェイクニュースがなんの歯止めもなく拡散され、政治的な物事に対する世間の認識が著しく歪められていくのを目撃したからだ。当時大統領選挙として立候補していたドゥテルテは麻薬カルテルによる暴力や犯罪を取り締まることをテーマに選挙運動をしていたが、もともと市民の大きな関心を集めていなかったこの問題が、フェイスブックで拡散されるフェイクニュースによって重要な政治的課題として持ち上げられ、その結果としてドゥテルテが有利になっていく。またドゥテルテに批判的なジャーナリストやメディアに対するフェイクニュースを含めた攻撃も頻繁に拡散され、とくに女性ジャーナリストに対しては性的なスキャンダルをでっち上げたり性暴力をほのめかすような攻撃も多かった。著者はRapplerを通してそうした情報工作の背後の分析を進め、そうした工作がドゥテルテの側近だけでなくロシア政府や中国政府に繋がっていることを突き止めたが、フェイスブックは対策を取ろうとはしなかった。

フェイスブックがフェイクニュースに本格的に取り組む(姿勢を見せる)ようになるのは2020年のコロナ禍において健康を害するような情報が拡散され、また2021年に大統領選挙に関する根拠のない陰謀論が連邦議事堂への突入事件を起こしたあとだったけれど、それまでのあいだに著者やRapplerは繰り返しさまざまな容疑でドゥテルテ政権により捜査され、逮捕・起訴された。にも関わらず彼女が国外の会議などに出席するための出国は許可されており、彼女自身、そのままアメリカに逃亡してほしいのだろうと解釈しているが、自分はRapplerとフィリピンの読者に対する責任があるから逃亡はしない、逃亡したら政府の言うとおり自分は「犯罪者」になってしまう、と語っている。

2022年に行われた大統領選挙では、再選が禁止されているドゥテルテは大統領への立候補を断念したが、かつての独裁者フェルディナンド・マルコスの長男を後継に指名し、自分の娘を副大統領候補とした。その際にもフェイスブックにおけるフェイクニュースマシーンは稼働し、マルコス元大統領による人権侵害や政敵の暗殺などの歴史を否定し、かれを偉大な指導者として祭り上げるような情報が拡散された。その中心となったいくつかのアカウントは外国政府などによる不正な工作としてフェイスブックによって閉鎖されたが、結果的にボンボン・マルコスは多数の支持を受けて当選した。

アメリカとフィリピンの双方に家族がおりアメリカ国籍も持っているのでいつでも逃げようと思えば逃げられるのに、近年ソーシャルメディアの利用などにより力を得ている強権的な政治指導者の代表的な一人であるドゥテルテ、そしてその後継のマルコスに立ち向かい、これはフィリピンだけの問題ではないとしてフェイスブックなど大手ソーシャルメディアに対する批判も続けている著者はすごい。レズビアンでジャーナリストでノーベル平和賞、カッコいい。

追記:邦訳「偽情報と独裁者: SNS時代の危機に立ち向かう」2023年4月刊