Maggy Krell著「Taking Down Backpage: Fighting the World’s Largest Sex Trafficker」

Taking Down Backpage

Maggy Krell著「Taking Down Backpage: Fighting the World’s Largest Sex Trafficker

性労働者が宣伝に使っていた掲示板サイトBackpageを2018年に閉鎖に追い込んだカリフォルニア州の検察官による本。先に主流だったCraigslistというサイトがアダルト広告セクションを閉鎖して以来急成長したBackpageだが、性的人身取引の道具として使われているという批判があったが、連邦法によりオンラインプラットフォームを提供している企業はユーザーがプラットフォーム上で行った犯罪行為の責任を負わないことになっているので法的責任を逃れていた。著者は人身取引の捜査を通して多数の被害者の声を聞き、Backpageを「世界最大の性的人身取引組織」として取り締まろうとする。

実際のところBackpageは警察による人身取引捜査には協力しており、複数の法執行機関から捜査協力を称える賞も受け取っていた。通常の手法ではBackpage経営陣の責任を問うことはできないので、著者はあの手この手で「創造的な法的追求」を巡らせる。サイト閉鎖のきっかけとなったのは、二人のBackpage創業者から雇われて実務を担当していたエンジニアとの司法取引に成功したから。創業者たちは責任を逃れようと書類上そのエンジニアに会社を売却したことにして、ただしその代金の借金返済という形でサイトの利益のほとんどをかすめ取るような仕組みを構築していた。一人で全責任を負わされたエンジニアをマネーロンダリングや売買春幇助(性的人身取引ではない)の罪で訴えることで司法取引に追い込み、サイトの閉鎖と創業者に対する捜査協力を取り付ける。

その創業者に対する裁判だけれど、マネーロンダリングや売買春幇助の罪でしか起訴できなかったのに、検察側が裁判で容疑とは関係のない「子どもの性的売買」に繰り返し言及し陪審の心証を操作しようとしたとして、判事によって審理無効が宣言された。本のなかではBackpageが犯罪によって溜め込んだお金は被害者たちに還元されると著者は主張するけれども、実際には一銭も還元されていないし、今後されるかどうかもわからない。また、Backpageのせいで「子どもたち」がこんな酷い目にあっている、というなかで、「Backpageのせいで性的人身取引の被害にあった子どもたちが売春罪で捕まって牢屋に入れられている」と書いているのだけれど、それってBackpageのせいじゃなくて、彼女のお仲間の法執行機関のせいだよね。

「子どもの性的売買」について感情に訴えるアピールをしながら実際には人身取引と関係のない性売買の幇助で裁判を起こしたこの姿勢は、「子どもを守るため」との口実で多くの性労働者が生活のために必要としていたBackpageやその他のサイトを閉鎖したり、それらのサイトの銀行取引を停止させるなどの法廷外の彼女の行動と共通している。個人が安い手数料で宣伝できるサイトを閉鎖したりクレジットカードや銀行を使った宣伝費用支払いを妨害すると、顧客リストを握っていてビットコインでの支払いにも強い第三者による性労働者への支配が強まり性的人身取引を増やすことになる、という点は無視している。実際Backpageが閉鎖された時はコミュニティ全体が一度に収入を失い家賃や食費が払えなくなって大変なことになったのだけれど、それに便乗して「助けてやろうか」と近づいてくるピンプが結構いた(わたしは当時シアトルで、たまたまあった性労働者支援のためのグラントの資金を100万円ばかり性労働者たちにバラまいたけれど、それでは全然足りなかった)。

本の終盤で、Backpageの閉鎖と連邦法の改正、責任者の起訴までこぎつけたので、検察官としての目的は果たしたとして民間団体の誘いに応じて転職したことが書かれているんだけど、これだけ強引に制度を悪用してBackpageを追い込んでおきながら裁判では負け続けているので責任取らされたんじゃないの?としか思えない。ちなみに今年、カリフォルニア州では人種的プロファイリングと警察官による性労働者への嫌がらせや暴力・性行為強要の温床となっている「売買春を目的とした徘徊罪」の廃止が議論されているのだけれど、著者はこの法案にも「性的人身取引の捜査を困難にする」として反対している