Leo Wise著「Who Speaks for You?: The Inside Story of the Prosecutor Who Took Down Baltimore’s Most Crooked Cops」
メリーランド州ボルティモア市警察のエリートユニットが組織ぐるみで黒人の被疑者や一般市民から現金や貴金属、麻薬などを強盗していたスキャンダルについて、2017年にその警察官たちを起訴し有罪を勝ち取った連邦検察官が捜査の経緯から裁判でのやり取りなど詳しく説明する本。
罪を問われたのは警察の中でもギャングなどによる違法な銃の所持を取り締まるエリート部署に所属していた8人の警察官全員と、のちに共犯者と名指しされたほかの警察官や警察官らの友人たち。事件は既にジャーナリストのJustin Fenton氏によって『We Own This City』という本にもまとめられており、同名のドラマシリーズとしてもHBOで放映されている。
ボルティモア市は6割以上が黒人だが、警察官の多くは郊外に住んでいて市内のコミュニティとの繋がりは薄い。黒人たちはとくに市内の西部と東部に多く住んでおり、違法な銃を取り締まる部隊はそれらの地域で主に活動していた。2015年に25歳の黒人男性のフレディ・グレイ氏が警察の暴力によって殺される事件が起き、警察官が逮捕されたが裁判では審理が頓挫した結果、激しいデモや一部では暴動が起こるなど、警察と黒人コミュニティの関係は最悪。
そういうなかこの部隊の警察官たちは、街でたむろしている黒人たちをみかけるとパトカーで急接近してその中の誰かに対する逮捕状を執行するフリをし、それに怯える様子を見せた人や逃げ出そうとした人を取り押さえることで、麻薬や違法な銃などを発見するという方法を日常的に行っていた。銃を没収することで部隊の成果とするほか、所持していた麻薬や現金を奪い、書類には実際より大幅に少ない金額や量の押収を記録することで、それらを自分たちのものにした。違法なものが見つからなくても「文句を言うとなにか見つかるかもしれないぞ」と証拠捏造をほのめかして脅すこともあった。警察官たちは間違って黒人を撃ってしまった場合に備えて、「相手が銃のようなものをこちらに向けたから仕方なく発砲したのだ」と言い訳するための偽の証拠となるBB銃を車に常備していた。
またかれらは、麻薬捜査などのために捜査令状を取ったり、あるいは取らなくても取ったフリをして黒人たちが住んでいる家などに押し入り、現金や麻薬だけでなく高価な時計やスニーカー、子どもたちのゲーム機まで奪った。実際に麻薬売買などの犯罪に関わっている人もそうでない人も、黒人が警察による強盗の被害を受けたと言っても信じてもらえるはずもなく、逆に警察による復讐が恐ろしいので、多くは泣き寝入りした。また現金押収(書類には一部しか記録せず残りは警察官のものになる)の口実として麻薬などの証拠を捏造されたり、それによって逮捕されたりして、仕事や住居を失った人もたくさんいた。
問題が発覚したきっかけは、連邦政府が麻薬捜査の一環として追跡していた売人の車に、警察とは別の追跡装置が設置されていたことに気づいたこと。調べたところそれはボルティモア市の警察官が仕事ではなく個人的に買ったものであることがわかった。警察官が仕事上その車を追跡しているなら分かるけれども、そのような令状を取った記録はないし、警察官が個人で機器を買うのはおかしい。そこから調査をはじめたところ、警察官が麻薬の売人から現金を巻き上げていることや、それが一人の腐敗した警察官の問題ではなく部隊が組織的に行っていることであることなどが次々明らかとなった。
また連邦検察官による調査は、このユニットの警察官たちが日常的に記録を捏造し、実際には本来の労働時間すら働いていないにも関わらず毎日のように残業を繰り返し本来の給料をはるかに超える金額を受け取っていたことも証明した。なかには家族と海外に旅行をしているあいだも残業していたかのように偽装していた警察官もいた。裁判では陪審員たちが麻薬の売人らを含む被害者たちを信用せず、あるいは信じたとしても同情せずに警察官の味方をする恐れがあったが、証人の信用性と関係なく警察官たちが日常的に違法行為を行い一般の納税者のお金を盗んでいたことを示すことができるようになったおかげで、かれらを有罪に持ち込む見込みが生まれた。
陪審員は地域の一般市民から選ばれるが、この場合ボルティモア市だけでなく郊外を含んだ地域から選出される。また、特定の犯歴のある人は陪審員になれない、政府や大手企業で働いている人以外は仕事を休むと職を失う恐れが高いので陪審を免除されることが多いなどさまざまな理由により、この裁判の陪審の過半数は白人。警察官による強盗の被害者たちと同じく若い黒人の陪審員はたった一人しか選ばれなかった。しかし審理の最後に陪審団の代表として被告たちの有罪を裁判官に報告したのは、その若い黒人男性だった。
この裁判では、郊外に住む白人を多く含む陪審員たちが、警察官がこれほど日常的に組織ぐるみで市民を食い物にするということを信じてくれるかどうかが課題だった。市内に住む黒人たちにとって警察がそのような組織であることは常識として共有されているけれども、郊外の白人たちにとって警察はなにか問題があったら駆けつけて助けてくれる人だ。しかも被害者の多くは過去に犯罪歴のある人たちで、そうでなくても自動的に犯罪に関わっているという偏見を向けられる都市部の貧しい黒人たちだった。著者ら検察官たちは綿密な調査によって警察に対する認識の違いや偏見を乗り越えることに成功した。
ストリートで働く性労働者の支援運動とかに関わっているせいで実はわたしの周囲にもアウトローな人は結構いて、麻薬の売人をしていた人が家を捜索された際に数百万円単位で警察が押収した現金を実際より低く報告していた、という話は聞いたことがあるし、そこまで多額でなくとも万引きなどで捕まった人が所持金を奪われたというケースは頻繁に耳にする。2019年にシアトルでアジア系マッサージ店が売買春の疑いで一斉摘発された際も、そこで働いていたアジア系移民女性が祖国の家族に送金するために貯めていた現金がどこかに消えていった。こういった話はボルティモア市だけでなく全国的にあるのだと思うけど、貧しい黒人やホームレスの人たち、移民など弱い立場の人を標的にしているため表沙汰になることは少ないし、多くの中流階層の白人たちには信じてもらうことすら難しい。
この本に書かれたケースが摘発されたのは、フレディ・グレイさんを殺しても無罪放免となった警察官たちが調子に乗りすぎたことを含め、たくさんの偶然が積み重なった結果だと思うけれども、少なくともそういうことがありえるのだという事実は広く認識されてほしい。