Lenore Anderson著「In Their Names: The Untold Story of Victims’ Rights, Mass Incarceration, and the Future of Public Safety」

In Their Names

Lenore Anderson著「In Their Names: The Untold Story of Victims’ Rights, Mass Incarceration, and the Future of Public Safety

犯罪被害者の権利を掲げる運動が、1980年代から1990年代にかけ政治的影響力を求めて警察官や刑務官の団体と合流した結果、重罰化や収監人口の爆発的増加が進んだ一方、犯罪被害者がほんとうに必要としている精神的ケアや被害の補填、有効な再発防止策などがおざなりにされてきた事実を指摘し、貧困や社会的不公正、トラウマケアの欠如などの要因をなくしていくことで犯罪を抑止し被害者を救済するための新たな取り組みを紹介する本。著者は弁護士でそうした取り組みを進めている団体の代表者。

1990年代アメリカにおいて重罰化の流れに大きな影響を与えたのは1993年10月に起きた12歳の白人の少女ポリー・クラースさんの誘拐殺人事件だった。彼女が部屋で泊まり込みの友だちと一緒にパジャマパーティを行っていたとき、泥酔した知らない男性が部屋に乱入、クラースさんの友だちを縛ったあと彼女を連れ去った。彼女の誘拐はメディアでも連日大きく取り上げられ、何千人もの人が彼女の捜索に参加し、またハリウッドの著名人もそれに協力したが、翌月彼女は遺体として発見される。この事件はクリントン大統領をはじめとして政治家たちによって繰り返し言及され、いわゆる三振法が全国で成立するきっかけとなった。ほかにもいくつもの、多くが白人の子どもや女性が被害者となった事件を通して、かれらの名前が冠された法律が作られ、重罰化や警察・検察権限の強化が進められた。

しかし犯罪の取り締まりや重い処罰は黒人やラティーノなどマイノリティのコミュニティに集中しており、同じ逸脱行為をおかしても白人の子どもなら説教されたのち無罪釈放されるところが黒人の子どもは「大人として」刑事裁判にかけられるなど甚だしい不平等があるほか、同じ犯罪行為の被害を受けても人種や階級などにより「本当の被害者」として同情や支援を受けられたり「自業自得」として逆に叩かれたりする。たとえば犯罪被害者が犯罪の結果支払うこととなった医療費などの支援制度は設立されたけれども、被害者にも落ち度がある場合は支給されないなどの制約から、実際にそうした支援にアクセスできる人は限られている。結局残ったのは、膨大な収監人口と、それによるマイノリティのコミュニティや家庭の破壊と、警察や検察の強大な権限だけであり、犯罪の要因となるトラウマや貧困、そして犯罪によって生み出されるトラウマや貧困は放置されたまま、多くの犯罪被害者たちは大した支援も得られず警察や検察、刑務官らの利権のために利用された形となった。

はじめ政治的影響力を持たなかった犯罪被害者運動が、警察官や刑務官らの団体と協力することで政治家の後押しを受け、改善した点もなくはないのだけれど、それはたとえば「犯人の裁判で意見を言う権利」だったり「犯人が釈放されるときに通知を受ける権利」など、刑事司法制度の周辺の話がほとんどで、実際の被害の補填やトラウマへのケアや有効な再犯抑止策など本当に被害者が期待しているものは実現していない。Judith L. Herman著「Truth and Repair: How Trauma Survivors Envision Justice」でも性暴力のサバイバーたちが本当に求めているのは真実や加害者の真摯な反省と更生など、現行の刑事司法制度では実現が難しいものばかりだと書かれている。

刑事司法制度改革の訴えは2020年に一時的に盛り上がったあと、ふたたび犯罪抑止を口実として厳罰化や警察予算拡大の議論が広がっているなか、読まれるべき本。