Kevin F. Adler & Donald W. Burnes著「When We Walk By: Forgotten Humanity, Broken Systems, and the Role We Can Each Play in Ending Homelessness in America」

When We Walk By

Kevin F. Adler & Donald W. Burnes著「When We Walk By: Forgotten Humanity, Broken Systems, and the Role We Can Each Play in Ending Homelessness in America

ホームレスを経験している人たちを独自のアプローチで支援する団体ミラクル・メッセージズを創設した社会起業家が中心となって書いた、ホームレス問題についての本。

著者のアプローチがユニークなのは、Gregg Colburn & Clayton Page Aldern著「Homelessness Is a Housing Problem: How Structural Factors Explain U.S. Patterns」による「ホームレスは住居不足の問題である」という命題に賛同しつつ、ホームレスは同時に関係性の貧困の問題でもある、という考えが根底にある点。多くの人は失業するなど経済的な困難を経験しても、家族や友人との豊かな関係性に囲まれていれば簡単にはホームレスの状態には陥らないが、いっぽうホームレスになった人は周囲に迷惑をかけられないという思いや、あるいは自分の困窮を恥じて周囲に知られることを避けようとして孤立していく。ホームレスとして生活している人のなかには、愛する家族がいるのに長年連絡を取っていない、取りたくても連絡先が分からなくなってしまっている人が少なくない。

ミラクル・メッセージズでは家族や友人との連絡を希望するホームレスの人のメッセージを届ける動画を撮影し、ボランティアがソーシャルメディアなどを調べて連絡を取ろうとしている相手を見つけ出して動画を届ける活動をしており、これまでに多くの人たちが家族や友人と再会する手助けをした。ある人が生まれ育ったコミュニティのグループをフェイスブックで見つけて本人のメッセージを投稿したところ、昔の友人らから支援の申し出や「仕事をやるからすぐに戻ってこい」といったメッセージが殺到したことも。ほかにもホームレスの人が定期的に電話でボランティアと交流できるようにするミラクル・フレンズや、小規模ながら月500ドルの現金をホームレスの人に無条件で渡せばどうなるかというベーシックインカムの実験のようなものも行っている。

本書によると、fMRIを使った研究では被験者にホームレスの人の写真を見せた時の脳の反応は人間ではなく汚物を見た時と同じような反応を示しているほか、ある新聞の実験ではステレオティピカルなホームレスの格好をした家族や恋人と道ですれ違った人が相手を家族や恋人だと気づいた例は皆無だった。これらの実験からはわたしたちがホームレスの人たちを同じ人間として接することができなくなっていることが分かり、それがかれらに対する暴力や支援の欠如、非人道的な取り締まりなどとして現実に影響を与えている。人間性を取り戻さなくてはいけないのは、ホームレスの人たちを同じ人間として認めようとしないホームレス以外の人たちのほうであり、それがホームレスの人たちの経済的な貧困だけでなく関係性の貧困を解消する手がかりになる。

生存のための絶対的な貧困が深刻ななか、多くの支援プログラムにおいて関係性の貧困は「余裕ができたら解決したい問題」ではあるものの後回しにされがちで、そこに対処することを訴える本書の主張は重要。しかし同時に、黒人やラティーノのコミュニティなど、豊かな社会的関係があってもコミュニティ全体の余裕が少ないため仲間を支えきれないコミュニティも多く、関係性の濃密さだけでは安全弁にはならない。本書でも、非白人でホームレスになる人は白人でホームレスになる人に比べて精神疾患や薬物依存などの問題を抱えている割合が低いことが指摘されており、つまりそこには「非白人は家族やコミュニティの余裕が少ないためより簡単にホームレスになってしまう」「白人は家族やコミュニティに比較的余裕があるので支えてもらうことができ、よほどのことがないとホームレスにはなりにくい」という格差がある。この格差を是正しないまま関係性の修復だけを目指しても、余裕の少ないコミュニティが共倒れしてしまうだけに終わる可能性もある。

ベーシックインカムについての実験もおもしろいのだけど、月に500ドルを6ヶ月間支給しただけでこんなに多数の人が住居を得ることができた、というあたり、ちょっと信じがたい。参加者もごく少数だし、現金支給だけでなくほかの支援も行われていたほか、もともと「あと少しの支援があれば自立できる」状況にあった人たちを優先して選抜したのではないかと思ってしまう。まあ無作為抽出を採用したちゃんとした実験は政府や大手研究機関にやってもらえればいいので、あんまり文句は言いたくないんだけど、こんなに簡単に、安いコストで、ホームレス問題は解決できる、みたいに思われるのもまずい気がする。