Kevin Cook著「Waco Rising: David Koresh, the FBI, and the Birth of America’s Modern Militias」

Waco Rising

Kevin Cook著「Waco Rising: David Koresh, the FBI, and the Birth of America’s Modern Militias

現代アメリカ社会に大きな衝撃を与え、2020年から2021年に起きたミシガン州知事誘拐未遂事件や連邦議事堂占拠事件にも関係しているかのウェイコ事件から今年で30年。本書のほかにも何冊か同事件についての本が新しく出版されているけれど、日本ではあまり知られていない(記憶されていない)と思われるのでウィキペディア「ウェーコ包囲」から事件の概要を引用すると、

ウェーコ包囲(ウェーコほうい 英:Waco siege)とは、宗教セクト「ブランチ・ダビディアン」の寄宿施設に対してアメリカ合衆国の法執行機関が実施した包囲捜索である。1993年2月28日から4月19日にかけて、米国連邦政府とテキサス州法執行機関と米軍によって実施された。 […] この事件は、ATFが同牧場で捜索令状と逮捕状を執行しようとした時に始まった。激しい銃撃戦が勃発し、政府捜査官4人とブランチ・ダビディアン信者6人が死亡した。物件に入るもATFは捜索を執行できなかったため、連邦捜査局(FBI)によって51日間続く包囲が開始された。最終的にFBIは強襲制圧に乗り出し、ブランチ・ダビディアンを牧場から追い出すべく催涙ガス攻撃を開始した。その直後にマウント・カーメル・センターが炎に飲み込まれた。この火災により、子供25人、妊婦2人、デビッド・コレシュ当人を含むブランチ・ダビディアン信者76人が死亡する結果となった。犠牲者の多さから、米国メディアでは一連の包囲が「ウェーコの虐殺(Waco massacre)」とも通称されている。

この事件はクリントン政権発足直後に起きており、FBIの指揮を取るジャネット・リノ司法長官は包囲が行われる最中に承認を受け就任している。もともとブランチ・ダビディアンは州内の銃展示会などで銃を売り買いすることで利益を得ており、セミオートの銃器をフルオートに違法改造して売っている疑いがかけられていたほか、指導者のデビッド・コレシュが信者コミュニティの多数の女性たちと性的関係を持ち、未成年の少女もそれに含まれていたことや(これは事実)、施設内に違法薬物生産プラントがあったこと(これは以前そこにいた人たちが生産していただけで、ブランチ・ダビディアンは無関係)なども捜査上にあがっていた。コレシュ本人は周辺をジョギングしたりウォルマートに買い出しに出るなどしていたため、そこでかれを逮捕すれば悲劇は避けられたはずだが、政府は教団施設を本格捜査したかったようだ。

ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)による強制執行が失敗し、銃撃戦によってATF職員らが殉職すると、ブランチ・ダビディアンは政府執行機関によって「警官殺し」と認識され、平和的な解決がぐっと遠ざかる。ATFにかわって包囲をはじめたFBIは施設の電気を切断したり一日中大音量の騒音を聴かせるなどブランチ・ダビディアンに対して圧力をかける一方、リノ司法長官に対しては「施設内で子どもが虐待されている」と繰り返し報告し、強硬手段を要求。もちろんブランチ・ダビディアン側にもFBI側交渉人に協力して投降するタイミングは何度もあったものの、最終的にリノ司法長官は「子どもたちのために」と説得され、FBI突入を許可する。このあたりの経緯は本書のほかにもこれまで読んできたいくつもの報告と共通していて、政府側の数々のミスや宗教集団への無理解、そして法執行組織の非民主的な性質や経験不足のクリントン政権がそれを御することができなかった事実など、たくさんの教訓がある。

包囲がブランチ・デビディアン信者ら多数の死という悲劇に終わった際、司法長官としては史上初の女性として弱いイメージを持たれていたリノ司法長官は責任は全部自分が持つと力強く宣言し、それによって人々の支持を得た。しかし極右勢力のあいだでは、ブランチ・ダビディアンは憲法で保証された銃器所持の権利を行使したせいで政府によって殺された、という同情論が広がり、クリントンとリノが自分たちの銃を奪いにやってくる、という危機感が高まった。包囲の最中もその近くにはマスコミや興味本位の見物者だけでなくブランチ・ダビディアンを支持する極右活動家らも集まっていたが、そのなかの一人が悲劇の二周年に合わせてオクラホマシティの連邦政府ビルを爆破し1000人近い死傷者を出したティモシー・マクヴェイだった。

ウェイコ事件はマクヴェイだけでなく多くの白人至上主義者や極右主義者を目覚めさせ、ミリシア運動が全国で活発化した(その後オクラホマシティ爆破事件で一旦沈静化するも、オバマ当選以降ふたたび活発化)。またブランチ・ダビディアンの跡地には新たな教会が建てられ、そこはミリシア運動の聖地として各地の白人至上主義者団体やミリシア、プラウドボーイズなどが集結する場になったけれども、その教会の設立の中心となったのは陰謀論者として知られるアレックス・ジョーンズだ。ジョーンズはインフォウォーズという陰謀論サイトの運営者として知られるが、そのサイトの当初の目的はウェイコ事件とオクラホマシティ爆破事件がどちらもクリントン政権による陰謀であると主張することだった。

このようにウェイコ事件は30年前の事件でありながら、いま起きている白人至上主義やミリシア運動による民主主義への直接的な脅威や陰謀論による間接的な脅威とストレートに繋がっている。もちろんあの事件がなかったとしても同じような状況になっていた可能性はあるとは思うけれども、あの時点でクリントンやリノがもう少し法執行機関をきちんと制御できていればもう少しどうにかなっていたのではないかという残念さは残る。