Karen Levy著「Data Driven: Truckers, Technology, and the New Workplace Surveillance」

Data Driven

Karen Levy著「Data Driven: Truckers, Technology, and the New Workplace Surveillance

監視テクノロジーの発達により長距離トラック運転手の労働がどのように変化したかを追った研究書。長距離トラック運転手という限られた職種に注目した本だけれど、さまざまな理由から他の職種より早くから監視テクノロジーの採用がはじまっていた業界の話だからこそ監視テクノロジーと労働の今後を考えるうえで参考になる。

もともと長距離トラック運転手は規制によって競争から守られ、労組の力も強く収入の良い職種だった。また、上司や同僚の目の届かない場所を一人トラックで走りその中で寝食を取ることから、自立した強い男の仕事というマッチョなイメージが作られた。また、Kim Kelly著「Fight Like Hell: The Untold History of American Labor」やAnn Balay著「Semi Queer: Inside the World of Gay, Trans, and Black Truck Drivers」にも書かれているように、ほかの職場であればマッチョな環境から排除されがちな女性やクィア&トランスの運転手たちも、一人でトラックを運転していれば同僚の性的な視線や嫌がらせを気にする必要がなく、そういう意味から救われた労働者たちもいた。

しかし1980年代に規制緩和が進められると、競争が激化すると同時に労働組合が弱体化し、運転手の労働条件は悪化する。運転手たちはそれでも無理して稼ごうとした結果、睡眠不足の運転手による事故が多発、そしてそれを受けて政府は業界ではなく運転手の側を労働時間制限や休憩時間の義務化などのかたちで規制するようになる。しかし当時は監視テクノロジーは存在せず、それぞれの運転手が紙に鉛筆で記録をつけており、記録を誤魔化すことはそれほど難しくなかった。政府がそうした記録をチェックしても、明らかにおかしなもの(本来なら5時間かかるはずの行程が2時間しかかからなかったと記録したなど)以外は補足できなかった。

当時も現在も長距離トラック運転手の収入は荷物を運んで走った距離によって決められていて、それ以外の作業をいくらやっても収入にはならない。毎日の整備点検や荷物の積み込み、届けた先で荷物を下ろすまでの駐車場での順番待ち時間など、労働時間には含まれるのに収入に繋がらない時間が多く、それらの時間を馬鹿正直に記録していては合法的に運転できる(収入を得られる)時間が削られてしまう。すると結局運転手の睡眠不足は解消されず、事故は頻発する。

そうした問題を解決しようと政府が次に決めたのは、現在位置と移動距離を記録する装置をトラックに取り付けるよう義務付けする規制だ。広く不正が行われる背景にはそれなりの合理的な理由があるのに、その理由を取り除こうとせずに不正だけをやめさせようとするこの施策は、運転手や運送会社によるさらなる抵抗を生み出した。たとえばある装置は時速15マイル(24km)以下のスピードなら移動中だと認識しないと分かると、目的地ほんの少し前で労働可能時間を使い果たしてしまった運転手は高速道路を降りて下の道をゆっくり移動して目的地まで配送をするなど。

紙と鉛筆で記録をしていた当時、不正が蔓延していたといえばそれはそのとおりなのだけれど、現実にそぐわない画一的な規制に従うのではなく、無理のない範囲で柔軟に対応していた、と言えないこともない。しかしテクノロジーによる監視を導入すると、抵抗の手段は少なくなる。業界は当初こうした規制に反対していたのだけれど、既に安全管理の面からそうした装置を導入していた大手業者はよりリスクを取りがちな中小業者や個人事業主に対する優位さを取り戻すために賛成に回る。

と同時に、大手業者はこうした装置を導入する際、政府が要求するデータだけでなく運転やトラック、そして運転手に関するさまざまな追加のデータを収集し記録するシステムを採用していく。たとえば政府は60分ごとにトラックの位置を記録するよう要求しているだけでも、業者はGPSでトラックの位置を常に把握するだけでなく、ハンドルやアクセルやブレーキの動作一つ一つを記録し、またカメラを使って運転席からの視界や運転手の表情などを常に録画することも可能。それをビッグデータにぶち込んで人工知能に学習させることで、事故を起こす可能性の高い運転手だけでなく、仕事を辞めそうな運転手や家庭に問題を抱えていそうな運転手などを予想するといった使い方もされている。つまり、安全のために導入されたはずの監視テクノロジーが、労働者管理のためにも使われている。

トラック運転手の労働と人工知能というテーマだと、自動運転車の登場によりトラック運転手たちが大挙して失業するという予想が立てられているが、実際のところ自動運転車の実用化はそこまで進んでおらず、近い将来だとせいぜい高速道路の移動が自動化される程度の話。ただし収入の大半を高速道路の移動に頼っている長距離トラック運転手にとっては失業しないとしても死活問題で、労働環境が大きく変わらないといけない。いっぽう人工知能による監視と労働管理はいま既に起きている問題で、アマゾンの倉庫労働者にせよ、リモートワークで自分のパソコンにキーロガーをインストールしたり常にカメラをオンにしていなければいけない労働者にせよ、さまざまな業種に広がりつつある。

そうした問題意識とは別にも、監視テクノロジーに抵抗したり逆にそれを逆手に取って利用しようとするトラック運転手たちの動きはとても興味深く、今後さまざまな業種で働く労働者たちにとって参考になりそう。