Jon Hilsenrath著「Yellen: The Trailblazing Economist Who Navigated an Era of Upheaval」

Yellen

Jon Hilsenrath著「Yellen: The Trailblazing Economist Who Navigated an Era of Upheaval

オバマ大統領によって任命され連邦準備制度理事会(FRB)議長として4年間働いたあと、バイデン大統領によって財務長官として呼び戻された経済学者ジャネット・イェレンの伝記。

ジェームズ・トービンの影響を受けた大学時代からFRBやいくつかの大学で働いたキャリア、のちにノーベル経済学賞を受賞する夫ジョージ・アカロフとの出会いと息子の難病、クリントン政権での役割を経て、FRB理事として2008年の金融危機に対処し、FRB副議長から議長への就任、そして現在の財務長官としての仕事まで、イェレンのこれまでの経歴が興味深くまとめられている。全体を通してイェレンは超優秀で勤勉な常識人であるのに対して、アカロフや同世代のラリー・サマーズ、ポールらは天才肌の奇人変人として描かれていて、それは事実なのだろうけれど、もし女性のイェレンが男性であるアカロフやサマーズのような性格だったらおそらく成功していなかっただろうなと感じた。

クリントン政権時代にアル・ゴア副大統領が進める温暖化対策のいわゆる京都議定書をめぐり、イェレンは経済学者としてゴアの方針にお墨付きを与えるよう要求されるが、経済的な代償は少ないという政府の見解に彼女は批判的だった。嘘をつかない範囲で政府の姿勢と折り合いをつけた説明をしようとするも歯切れの悪い発言がメディアで批判され、辞任も考えたとか。二度と政権には加わらないと誓ったけれども、バイデンに外堀を埋められてコロナ禍で混乱した経済を立て直すために財務長官として政権復帰。「いまは大きく動くべきだ」としてバイデン政権の巨額の経済対策を後押ししたけれど、サマーズが早くから懸念したとおりインフレが猛威を振るってしまい今に至る。

もともとイェレンはアカロフとともに失業に対する関心から経済学を志していて、インフレ率よりも失業率を重視する立場(しかし父親が失業して一家が困窮するなか「ぼくのお父さんが失業してモノを買えなくなったら、それを売って生活している他の人も失業してしまう」と気づいたという子ども時代のアカロフ、もし実話なら天才すぎる)。金融危機のときは当時のベン・バーナンキFRB議長の補佐として(日本と同じ罠に陥らないように)インフレターゲティングの採用をすすめるなどした実績もあり安心感はあるので、今後バイデンと対立するかもしれないけど失業やインフレに苦しむ庶民の目線を持った彼女に期待したい。

とはいえまあ伝記としては、ぶっちゃけアカロフを主人公にしたほうがおもしろそうな気はする。