Hal Weitzman著「What’s the Matter With Delaware?: How the First State Has Favored the Rich, Powerful, and Criminal—and How It Costs Us All」

What’s the Matter With Delaware?

Hal Weitzman著「What’s the Matter With Delaware?: How the First State Has Favored the Rich, Powerful, and Criminal—and How It Costs Us All

面積ではアメリカで2番めに小さい州でありながら、売り上げの大きいアメリカの企業500社のうち300社以上が登記されているデラウェア州。バイデン大統領の出身地としても知られるこの小さな州がどういうカラクリによってアメリカの企業の運営や法務に極端に大きな影響を与えているのか、そしてそれによってどういう弊害が起きているのか指摘し、改革を訴える本。

かつては化学大手デュポン社のお膝元として化学だけでなく自動車や軍需産業などを含む重工業で発展したデラウェア州だが、現在ではそのデュポンもかつてほどの影響力はなく、国際競争の影響で重工業は衰退。かわって州の経済を支えているのは、企業の登記のための手続きや、州内で登記された企業の経理や裁判の際の法務、そしてその周辺に発生するホテルやレストランなどのサービス業だ。デラウェア州が多くの企業に選ばれるのには、ペーパーカンパニーの登記の手軽さや企業にとって有利であり経営陣が守られる法制度などとともに、ごく最近まで州内で登記された企業の本当の所有者が誰なのか政府に報告する必要すらない極端な匿名性が理由。しかも州内で具体的な事業を行わないペーパーカンパニーには利益があっても税金がかからない仕組みなので、他の州や国に本拠地を置く企業がデラウェアに子会社を作り、その子会社に利益を移動させることで節税ができてしまう。

たとえばウォルマートは、自社のロゴやデザイン、コピーなどの知的財産をデラウェアで設立した子会社に移管し、その使用料を子会社に支払った形にすることで、本社の利益を子会社に移し替え、本社があるアーカンソー州に支払う税金を減らしている。この子会社はデラウェア州に社屋もなければ社員もいないのでデラウェアでの一般の雇用には貢献しないし、税金も支払わないけれど、州には登記の料金が毎年入るほか、州内の企業弁護士や会計士は潤う。あるいはグーグルは長年アイルランドにある子会社に利益を付け替えることで節税してきたけれど、国際的な圧力によりアイルランドが税制を改革したところ、グーグルは持株会社のアルファベットをデラウェア州に設置して米国内で節税するようになった。

デラウェア州のゆるい法律は節税などの目的で脱法的に利用されるだけでなく、マネーロンダリングからテロリズム支援まで違法行為の隠れ蓑としても使われている。単純にデラウェア州で登記される企業が多いからということもあるけれど、近年起きたさまざまな経済的スキャンダル、たとえばエンロンやワールドコムの不正経理事件、ジャック・エイブラモフのロビー活動詐欺、トランプの弁護士マイケル・コーエンによるトランプの愛人への口止め料支払いや、同じくトランプの選挙対策本部長をつとめロシアやウクライナへの関わりなどで多数の罪に問われた(トランプにより恩赦)ポール・マナフォートなどの事件でも、不正の一部としてデラウェアに設立されたペーパーカンパニーが使われている。トランプ自身は数百のペーパーカンパニーをデラウェアで登記しているとされるほか、クリントン夫妻も講演料などをデラウェアで登記した事務所に入れさせているなど、デラウェアと無関係や政治家や企業を見つけるほうが難しいくらい。

デラウェア州の事業にまつわる法制度は、デラウェア州弁護士会の企業法務部が密室で策定しているとされていて、法律を審議するはずの議会ではほとんど議論は行われないし、弁護士会の案に対して修正がなされることもない。修正しようにも、デラウェア州議会議員はほかに仕事を持つ人たちがパートタイムで行う名誉職に近い立場で、弁護士や経理士の資格どころか他の州の議員に比べても大学卒業者の割合が低く、企業法務弁護士たちに対抗するのは不可能。そんな弁護士たちの尽力により、デラウェア州には企業同士の契約内容をめぐる争いを解決するための専門の裁判所があり、非公開で仲裁を受けることができるため、マスコミに騒がれることなく裁判を行えるデラウェア州は企業にとってはますます有利な州に。そして多くの裁判がデラウェア州で行われることで、デラウェア州の企業法務弁護士たちの仕事はさらに増えることになる。

また、デラウェア州はクレジットカードの手数料や金利に対する規制も少なく、多くの銀行や企業がデラウェア州で登記した会社を通してクレジットカードやその他の金融サービスを提供している。ジョー・バイデン大統領が上院議員時代、金融機関の利権を守るために規制撤廃を進めたのはデラウェア州の経済構造が理由で、かれに限らず州選出のほかの議員たちも金融規制廃止や自己破産の制限などを推進してきた。いまバイデン政権は民主党左派から学生ローンの返済に苦しむ人たちへの救済措置を求められているけれど、学生ローン問題がここまで大きくなったのはバイデンが議員時代に進めた学生ローンの規制緩和や学生ローン債務を自己破産による救済から除外する法律などが関係している。

要するにデラウェア州は、かつてのデュポン社にかわって企業法務弁護士やクレジットカード会社が政治と経済を牛耳る仕組みになっていて、州や企業の重要なものごとが匿名性や非公開の仕組みによって隠されている。これだけデラウェア州に企業の登記や企業法務が集中しても一般の労働者や消費者はその恩恵をほとんど受けられず、その裏ではマネーロンダリングやその他の犯罪のために企業に有利で不透明な制度が悪用されている。

近年、パナマ文書パラダイス文書などの暴露によって富裕層がペーパーカンパニーを通して脱税していることが注目されたり、サイトにおいて子どもの性的人身取引を許容していたとされるBackpageがデラウェア州に設立したペーパーカンパニーによって真の所有者を隠していたことなどが明らかになり、ようやくここ数年で改革がはじまったけれども、まだ抜け道は残されている。最終的に、州が登記を受け付ける際にその企業の所有者が誰なのか開示させるか、各州がそれを行おうとしないのであれば連邦政府が企業登記業務を引き受けるしかなさそう、という話だった。

デラウェア州は南北戦争において「奴隷制があったけれど南軍には加わらなかった境界州」の1つだけれど、境界州といいながら実際には奴隷州とは接しておらず、自由州に囲まれていた唯一の州。北東部の一部とされていながら南部の保守的な文化に通ずる部分を持ち、密室での談合政治が残る。民主党中道派として共和党との協調路線を(まったく相手にされてないのに)求めるバイデンの姿勢にはそうした政治文化の影響もありそうなのだけれど、ほんとデラウェア州どうにかしろよなって思う。