Gregg Colburn & Clayton Page Aldern著「Homelessness Is a Housing Problem: How Structural Factors Explain U.S. Patterns」
ワシントン大学の経済学者が同僚のデータサイエンティストと組んでホームレスの問題が住居問題であるという事実を指摘する本。
ホームレスの問題に対する市民の関心は高いが、その原因と解決策についてはさまざまな意見が飛び交っている。ホームレスの人たちはかつてなら精神病院や刑務所に入れられていた精神疾患や薬物依存のある人たちでありかれらの権利を尊重して野放しにしたのが原因だ、という人もいれば、原因は貧困や失業、そして人種差別的な住宅・教育行政や医療行政である、という人もいる。著者らは、それらの言説は「ある人がホームレスになった理由」を説明することはできても、どうしてホームレスの人たちが存在するのか、その根本的な原因を説明できていない、と指摘。
たとえば十人の人たちが九つの椅子を取り合って椅子取りゲームをしたとする。もし仮にその十人の人たちの中に一人だけ足に怪我をした人が混ざっていたら、怪我をした人が敗者になる可能性は高いだろう。しかし椅子に座れない人が生まれた原因は、怪我ではない。仮にその人が怪我をしていなかったとしても、十人の人に九つの椅子しかないのであれば誰かは必ず椅子に座れない結果になる。すなわち貧困や精神疾患や薬物依存や人種差別は「どの人がホームレスになるか」を説明することはできても、ホームレスの人たちが生まれる原因ではない。ホームレスの人たちが生まれる原因は、単純に住居が足りていないからだ。
このことは、全国のさまざまな都市における住宅事情とホームレスの割合をつきつければはっきりする。以下に引用するのは本書に掲載された多数のチャートの一つで、ある都市における住宅供給の弾力性(住宅に対する需要が増えた際に、どれだけ供給が増加するか)と人口の増減を図にしたもの。住宅供給の弾力性は主に、開発が可能な土地の有無(周囲を海に囲まれているか平野が広がっているかなど)と新たな開発に対する規制の強さで決まる。
この図を見ると取り上げられた各都市が、人口増加が激しく弾力性が低い東西海岸の発展部(シアトル・ボストン・サンフランシスコ)、同じく人口増加が激しいけれども弾力性が高い南部サンベルト(オースティン、シャーロット、サンアントニオ、ダラス)、人口増加は緩やかだけれど弾力性が低い発展しきった大都市(ニューヨーク、ロサンゼルス)、そして人口が減少に向かっている中西部(セントルイス、デトロイト、クリーヴランド、シカゴ)、の四つにはっきりと分類できる。このうちホームレスの比率が最も高いのが人口増加が激しく弾力性の低いシアトル・ボストン・サンフランシスコであり、その次がニューヨークやロサンゼルスのような弾力性の低い大都市だ。人口が減少している中西部の都市や人口が増加していても同時に住宅供給も増加させることができるサンベルトではホームレス問題は深刻化していない(ただしオースティンはそろそろ周囲の土地が足りなくなってきているのでシアトル型に移行しそう)。
もしホームレス問題が貧困や失業、薬物依存などによって生じているなら、ホームレスの比率は貧困率や失業率、薬物依存の件数などが多い地域に集中するはずだ。著者らはホームレスの発生を説明するとされるこれらの要因を一つ一つ取り上げ、それらがホームレスの比率と全く関係ないか、むしろ反比例していることを示す。ホームレスの人が多いのは、シアトルやサンフランシスコのように経済的に発展していて平均所得が高く、公教育や医療などが整備された都市なのだ。また、人種差別などからホームレスの人たちには黒人やアメリカ先住民やラティーノの人たちの割合が人口比より多いことが知られているが、ホームレスの人が多いシアトルやサンフランシスコはむしろ白人やアジア人の比率が高く、黒人などホームレスになる確率が高いとされる人たちの人口が少ない都市だ。ある都市におけるホームレスの増加と比例しているのは、その都市の貧しさではなくむしろ裕福さだと著者らは指摘する。ほかにも「気候が温暖な地域ではホームレスが増える」とか「ホームレスの人に対する支援が行き届いている街にホームレスが集まる」といった俗説に対しても逐一データを出して反論。
Jenny Schuetz著「Fixer-Upper: How to Repair America’s Broken Housing Systems」やM. Nolan Gray著「Arbitrary Lines: How Zoning Broke the American City and How to Fix It」と並んで、どうしてホームレス問題が深刻化していて、どのような政策的介入が有効なのか、説得力をもって説明する本。「ホームレスは住宅問題だ」というシンプルなタイトルもスローガンとして使っていきたい。ワシントン大学の研究者による本らしく、わたしが関わってきたシアトルにおける政策論議が例として繰り返し出てくるのも個人的には良かった。