Elizabeth D. Samet著「Looking for the Good War: American Amnesia and the Violent Pursuit of Happiness」

Looking for the Good War

Elizabeth D. Samet著「Looking for the Good War: American Amnesia and the Violent Pursuit of Happiness

戦場に送られた兵士も国内で戦時経済を支えた人たちも、後に「最も偉大な世代」と呼ばれるようになった全国民が一丸となってファシズムに占領されたアジアとヨーロッパを解放しジェノサイドを阻止した「正しい戦争」としてアメリカ人たちに記憶される第二次世界大戦だが、それが当時の国内におけるナチスへのシンパシーや反戦機運、日系人収容政策や軍を含む国内での人種差別、広島と長崎に対する原爆投下とそれによる一般市民の虐殺、兵士による略奪や暴力などさまざまな歴史的事実を忘却しているばかりか、戦後しばらくのあいだ広まっていた社会的解釈とも異なっていることを論じる本。著者はウエストポイント陸軍士官学校の文学教授で、戦後のノワール映画や大衆文学、アートなどの豊富な例によって、「正しい戦争」「最も偉大な世代」という第二次世界大戦を理想化したイメージが朝鮮戦争やヴェトナム戦争の経験を経て成立したものであることが説得的に示される。

第二次世界大戦に対する理想化されたイメージは、アメリカ人が自分たち自身に対して抱いている理想とする自国像そのものだけれど、それを40年ぶりに再確認したのは1991年にイラクによるクウェイト侵攻に対抗した(第一次)湾岸戦争。当時のブッシュ大統領が「ヴェトナムの亡霊は砂漠に埋めた」と宣言したことに典型的だった。しかしその後もアメリカは「正しい戦争」を追い求め、2001年の米国本土における9/11同時多発テロ事件をきっかけに世界各地に軍事介入を繰り返してきた。アメリカが自他ともに破滅をもたらす暴力を手放すには、第二次世界大戦の歴史を正しく振り返ることで「正しい戦争」の幻想を打ち砕く必要がある。

本の終盤では第二次世界大戦以前にアメリカ人たちにとっての自国像のルーツとなっていた南北戦争について扱っている。ここでも著者は戦後の(白人)「アメリカ人」たちが、南北戦争が奴隷制を守るために起こされたを忘却するとともに、戦後南部の旧支配層が「ロスト・コーズ」と呼ばれる南部(アメリカ連合国)美化を進めるとともに、南部の黒人に自由を約束した共和党もその約束を破り「南北の和解」という(白人)「国民」的合意を成立させたことを指摘する。沖縄戦で首里城を占領した米軍の部隊がそこに米国旗ではなく南軍旗を一時打ち立てたことに象徴されるように、南北戦争の歴史の忘却は第二次世界大戦の歴史の忘却と繋がっている。

あとさすが文学者というかおもしろいと思ったのは、19世紀アメリカにおけるシェイクスピアの受容。南北戦争や奴隷解放運動に関わっていた人たちが「マクベス」における内戦や「ヘンリー5世」など戦争が出てくる劇を引用しつつ演説したりするの、シェイクスピア研究においては割と語り尽くされた話らしいんだけど、わたしは知らなかったので興味深かった。