Elena Shih著「Manufacturing Freedom: Sex Work, Anti-Trafficking Rehab, and the Racial Wages of Rescue」
わたしが関わるアジア人女性移住労働者支援活動にも参加してくれている中国系アメリカ人の研究者が、タイと中国で性的人身取引や「性奴隷制」の被害者の自立を支援すると称するアメリカのキリスト教系民間団体の実態について現地で支援を受けている女性たちと一緒に働きつつ調査した本。人身取引や性売買について関心を持つ人は必読。
アメリカで人身取引についての関心が広まったのは2000年に人身取引被害者保護法が成立し、アメリカ国務省が世界の各国を人身取引への取り組みが十分かどうかでランク付けする制度がはじまってから。ちょうどそのころ登場したジョージ・W・ブッシュ政権が社会問題への対処のために宗教系団体(大部分がキリスト教系)に資金を提供して支援する政策を打ち出したことも重なり、取り組みが足りないとして低いランクに位置づけられた各国はアメリカからの援助の減額や外交的な失点を防ぐためにアメリカの民間団体を受け入れ協力するようになっていく。当時日本政府がフィリピン人女性労働者の入国審査を厳しくしたのもアメリカの圧力によるものだったが、実際にはそれが移住労働者たちの権利をさらに弱体化させたことはRhacel Salazar Parreñas著「Illicit Flirtations: Labor, Migration, and Sex Trafficking in Tokyo」などに書かれている通り。本書はタイや中国でアメリカ政府およびアメリカの宗教系団体の介入が現地の女性たちに何をもたらしているのか、実際に彼女たちと一緒にリハビリ施設で働きながら取材した著者が伝える。
著者が長期にわたって参加したのは、タイのバンコクと中国の北京のそれぞれで活動する2つのアメリカの民間団体。どちらも性的人身取引被害者のリハビリテーションと職業訓練を掲げているが、その実態は酒場などで働いている性労働者たちにスキルアップして良い仕事に就く機会を約束して勧誘し、彼女たちを低賃金で雇いアクセサリーを作らせている。この種の団体がアクセサリー生産を行うのは、現地ではアクセサリーの材料となる宝石などが安く手に入り、また嵩張らないのでアメリカに輸出して売りさばくのにもちょうどいいという理由のほか、美しいものに触れることで彼女たちの女性性を取り戻し、汚れた仕事である性労働に戻らないようにしようという狙いもある。タイでは女性たちは家から職場に通う一方、中国では寮に住まわされ生活のスケジュールを管理されるとか、宗教の自由が保証されているタイではおおっぴらに、個人の信仰は認められているが布教活動が禁止されている中国では隠れてこっそりと、という違いはあるものの、宗教行為に参加したりキリスト教に改宗することで昇給や昇進の機会が与えられるのは共通。かれらは仏教国のタイで女性が性的人身取引の対象とされるのは仏教に原因があるとしており、アメリカ人の職員が著者に「悪魔の模様」と伝えたものが実は一般的な仏教のシンボルだったり、仏教的に意味のある色のアクセサリーを女性たちが作ると「醜い、アメリカでは売れない」と否定。実際のところ、タイで性産業が発達したのは仏教の影響ではなくヴェトナム戦争のときに米軍が駐留したことが原因なのだけれど。
性労働を行ったり以前性労働をしていた場所を訪れるだけでも解雇の理由となるというように、これらの団体は人身取引の抑止というよりは性労働への従事をキリスト教的な倫理に反する行為だとして撲滅しようとしている。現に、働いている女性たちの大半は人身取引の被害者ではないし、アメリカ向けのアクセサリーのパッケージに英語で「人身取引被害者が作りました」という文言とともに例としてある女性が経験した悲劇が書かれているのを中国語とタイ語が分かる著者が翻訳して説明したら、女性たちは口々に「これはうそだ、こんな人はここにいない」と言った。先進国の基準からは私生活の管理などの面で問題がある労働環境だが、これらの施設でアクセサリー作成を行っている女性たちの多くは職を求めてそれぞれの国の田舎から都市に流れ込んだ移住労働者で、そもそも性労働に従事していたことからも分かるとおり、彼女たちが得ることができるほかの仕事に比べれば(休日があるとか医療を受けられるなどといった点で)マシな側面も。またキリスト教的な性倫理のもと、結婚していない女性が性行為をすることはタブーとされたが、妊娠が判明するとこんどは彼女が胎児を中絶することを阻止するために手を尽くすなども、一般の職場とは異なっている(二人目以降の子どもの出産にペナルティがあった時代の中国では、罰金を団体が肩代わりした)。
こうして生産されたアクセサリーは、アメリカに運ばれ、教会や宗教的な集まり、反人身取引のイベント、そしてマルチ商法さながらのホームパーティなどで売られ、団体の活動資金とされている。アメリカでアクセサリーがかなりの値段で売れることを知った女性たちの一部は、独立して自分で作ったアクセサリーを自分で売ろうとするけれど、「性的人身取引被害者の支援のため」という看板と宗教的なネットワークがなければ売れないことにすぐ気づく。これらの団体は職業訓練だとかスキルアップを約束して労働者を勧誘しているにもかかわらず、実際にはそこで女性たちが得るスキルに市場価値はなく、団体への依存を深めるだけとなる。団体から解雇されて、あるいはアクセサリー作成以外の仕事をしようとして、または独立を目指して、時には結婚するなどして団体から離れた女性たちのその後が反人身取引団体のパンフレットで触れられることは決してないけれど、著者は女性たちのネットワークを経由してそうした人たちにも取材し、彼女たちがほかの低賃金労働をしたり、ビジネスをはじめようとして苦労したり、または性労働に戻ったりしつつ、自分が置かれた状況を改善しようと必死に生きていることを紹介している。
反人身取引を掲げてタイなどアジア各国で活動をしているアメリカの団体は、これらの自称リハビリ・職業訓練施設だけではない。もう一つのトレンドは、元軍人や元警察官らがはじめた半軍事組織だ。これらの団体はアメリカ政府の後押しで現地の政府から承諾を得て(中には承諾を得ていないのもあるけど)、性的人身取引組織を捜査し、現地の軍や警察と協力してそれらを摘発・解体する活動を行っている。性的人身取引組織というが一般の売春宿など人身取引と関係ない性売買と性的人身取引は区別されておらず、こうした摘発はそこで働く多くの女性たちの逮捕やリハビリ施設への強制収容を伴う。とくにタイならミャンマーやラオスなどから出稼ぎに来ている移住労働者たちの扱いは厳しく、暴力的な収監や取り調べを経て全てを奪われ国外追放されることが多い。これはアメリカにおけるアジア系マッサージ店の摘発の現場でも起きていることと同じだが、アメリカ国務省が摘発の件数などをランク付けに反映させているので、現地の政府はアメリカの民間半軍事組織主導によるこうした活動を容認している。
アメリカから来た宗教団体や半軍事組織などがこうした活動で女性たちの生活を脅かす一方で、現地の性労働者や移住労働者ら力の弱い労働者たちの権利を拡大するための活動は、権威主義的な政府のもと社会運動一般が制約されている中国だけでなく、アメリカ政府の影響のもと民主主義より資本主義が優位にあるタイでも政府によって弾圧されている。著者はタイの性労働者団体EMPOWERをはじめそれらの運動にも取材を重ねているが、アメリカの宗教団体や半軍事組織が教会のネットワークなどから多額の寄付金を集めているのに対し、性労働者や移住労働者の運動を行っている団体の予算は何桁も低い。そういうなか、EMPOWERが制作した、売春宿摘発とリハビリ施設への強制収容をチャップリン風の映像で皮肉った短編映画「Last Rescue in Siam」やアジア太平洋性労働者ネットワークが搾取的な強制リハビリ施設への批判をレディ・ガガの「Bad Romance」の替え歌にした「Bad Rehab」などの映像作品に触れつつ、アメリカの宗教的・軍事的・経済的な解決を押し付けるのではなく当事者である女性たちの声を反映した運動への支援の必要性を訴える。
わたし自身も関わっている分野の話であり、アメリカの団体がタイや中国で行っていることや女性たちが経験していることについて具体的な話は興味深かったのと同時に、著者の主張には頷くところが多かった。著者が関わっているニューヨークのアジア系マッサージ労働者支援団体Red Canary Songはわたしが関わるシアトルの団体Massage Parlor Outreach Projectと協力関係にあるので著者のことは知っていたけれど、去年著者がこんな本を出していたことは最近まで知らなかったので慌てて入手して読み、これは人身取引に関心がある全ての人が読むべき本だと思った。ちなみに反性的人身取引の運動のなかに「対テロ戦争」の専門家が乗り出して問題を起こしている点については2010年にわたしが書いた記事(「『テロ戦争』化しつつある、反『セックス・トラフィッキング=性的人身売買』運動」)で既に指摘しており、当時はじまったばかりだったこうした活動が今ではすっかり定着してしまっているのがおそろしい。