David Shiffman著「Why Sharks Matter: A Deep Dive with the World’s Most Misunderstood Predator」
子どもの頃からサメが大好きで海洋生物学者・保全生態学者となりサメを守るための活動を続ける著者のサメ愛と科学愛が止まらない本。わたしは海洋生物好きだけど(クラゲ好きによるクラゲ好きのためのクラゲ本の紹介文参照)サメはそれほどでも。というよりサメが魚であることすらはっきりとは理解していなかったくらい無関心だったことを正直反省している。
本の序盤はサメの多様な生態やおもしろトリビアが紹介され、著者のサメ愛を強く感じる。サメの多くの種は人を襲わないし、襲ったとされる例もそれほど多くなく、人の側から触ろうするなどして脅威を与えたケースが多かったりするのに、まるで人類に対する恐ろしい脅威みたいに言われるのが著者は納得がいかないらしく、全力で擁護するあたりがかわいい。海はサメのホームなのに海水浴場のまわりを泳いでいるだけで人を襲おうとしているかのように言われたり、実際には襲っていないのに「サメの攻撃」とニュース記事に取り上げられるのは、たしかにまあ同情できる。世界自然保護基金(WWF)のロゴがパンダであることに象徴されるように、一般の人たちから見てかわいらしい動物ばかりが優先されているのは、サメがかわいく見える著者にとっては許しがたい。
序盤で読者をサメのファンにしたところで、話は著者が本当に語りたいサメ保護の話題に移る。著者が重視するサメの保護とは、生態系のなかで重要な役割を果たしているサメのさまざまな種を種として保存することであって、個々のサメを守ることや、サメに対する虐待を止めることと同じではない。アニマルライツや動物愛護の視点からの保護論を否定するわけではないがそれらは科学的な主張ではない(科学ではなく倫理や価値観に基づく主張は構わないが、それらを科学的であると偽るべきではない)としたうえで、著者が主張しているのは科学的な根拠に基づいた種の保存であり、そのためには調査のためにトラッキング装置をサメの体内に埋めるなど、アニマルライツの観点からは問題とされる行為も肯定する。そのため著者はSNSでたびたびアニマルライツや動物保護論者から攻撃されている。
数としては少ない「サメが人間を襲う」事件がハリウッド映画や過剰な報道によって作られたイメージによって過大評価されているのと同じように、サメに対する脅威もメディアによっておかしなかたちで伝わることが多い。たとえばあるYouTuberがサメをボートにくくり付けて高速で移動し水圧でサメがバラバラに解体される様子を動画にした際、当然のことながら残虐だとして世界中から非難の声があがったが、たった一匹のサメに対する残虐行為が大きく報道されるいっぽうで、より多くのサメの死に関わり種の存続も危うくしている漁法への関心は低い。あるいは、フカヒレ漁によりヒレを切り離されたサメが海に捨てられ死んでいく問題についてはアジア文化に対する偏見もあいまってアメリカでは広く関心が持たれているけれど、環境団体が推進しているようなフカヒレ漁やフカヒレ輸入の禁止は、著者によればアメリカでは逆効果になる恐れが強い。著者は科学的なデータに基づいて持続可能な漁業は可能であるという立場に立ち、そのために政府や国際機関が漁師ら関係者とどのように対話するべきか、そして消費者はどのようにすれば持続可能な漁業を支援できるか、という主張をしている。
IUCN絶滅危惧種レッドリストがどのような科学的プロセスに基づいているのかとか、気候変動やマイクロプラスチック汚染の問題はサメの生態には直接それほど脅威ではない(生態系に対する脅威にはなるので放置すべきではないのはもちろんだけど)理由など、サメの保護を通して絶滅危惧種を保護するために科学者がどのように取り組んでいるのか、環境や生物の保護の問題がメディアによってどのように間違って伝えられていて、それに科学者たちがどう対抗しているのかなど、サメの生態だけでなく生物保護の科学と国際的な仕組みについて知ることができたと同時に、ちょっとだけサメが好きになった。