Dave Zirin著「The Kaepernick Effect: Taking a Knee, Changing the World」

The Kaepernick Effect

Dave Zirin著「The Kaepernick Effect: Taking a Knee, Changing the World

2016年にNFLクォーターバックのコリン・キャパニック選手がはじめた、黒人やその他の非白人に対する人種差別に抗議するために試合前の国歌斉唱中に起立するのではなく膝を付く抗議にインスパイアされ、かれに同調した多数のアスリートたちやその周辺の人たちにインタビューした本。2020年の夏にはミネアポリス市警察によるジョージ・フロイド氏の殺害をきっかけとしてブラック・ライブズ・マターの運動がこれまでにない盛り上がりを見せ、多数の企業やプロスポーツのリーグやチームも次々とBLM支持を表明し、一部の都市では警察たちまでもがレイシズムに抗議する市民たちに連帯してキャパーニックと同じように膝をついたりもしたけど(これはメディア向けのジェスチャーでしかなくて、写真撮影が終わったあと市民に催涙弾やゴム弾を浴びせたりバトンで襲いかかったりしていたとか、そもそも警察が膝をつくのはキャパニックへの賛同ではなくジョージ・フロイド氏の首元に膝をついて殺害した警察官のイメージの方が強いのでどうなのかという批判も当然ある)、著者が取材をはじめた時点ではそうした動きはまだ起こっておらず、キャパニックもNFLから干されて失業中、かれが始めた抗議運動の波もほとんど報道されなくなっていた。このままではキャパニックやかれに呼応した大勢のアスリートたちの訴えが忘れ去られてしまう、という危機感のもとに始めた取材だったが、その取材結果をまとめつつある時期に起きた2020年のBLM運動を受け、2016年から2018年のあいだに取材した人たちにもう一度追加の取材をしてついに出版に漕ぎ着けた。

インタビューを受けたのは、高校生からプロ選手まで、黒人を中心に白人・ラティーノ・アジア人などさまざまな背景のあるアスリートたちやコーチや家族などその周辺の人たち数百人。参加していたスポーツはフットボールだけでなくチアリーディングやソフトボールなど女性中心のジャンルなど多様で、過去に女性としてスポーツに参加していたトランス男性も含まれている。キャパニックはその勇気ある行動によってリーグから干されて何億円という収入(もっと桁が多いかも)を犠牲にしたけれど、かれにインスパイアされ行動した多数のアスリートたちもさまざまな犠牲を払った。国歌斉唱中に膝を付く抗議に対する反応は全国各地さまざまだけれど、黒人が少ない学校の選手はチームメイトにすら理解してもらえなかったり、コーチによってチームを外されたり、場合によってはチーム自体が学校によって解散させられた例もあった。学校が抗議活動を支持してくれても、地域の住民から猛烈に抗議されたり、ネットで過激なバッシングを受けたり、コーチが脅迫されたことも。そうしてヘイトと向き合わざるを得ない状態に置かれたことで、多くの若いアスリートたちが人種差別の根深さを改めて認識した。

2020年にBLM運動が盛り上がった背景には、オバマ当選以降の白人至上主義団体の活発化や、かれらに対するトランプ政権の後押し、スマートフォンの普及により黒人に対する警察の暴力が可視化されていること、コロナで人種間の健康格差が明示化され黒人の命が軽く扱われていることがより鮮明になったことなどたくさんの要素があるだろうけど、2016年にキャパニックが始めた抗議活動に共感して抗議をはじめた若いアスリートたちが人種問題についてより深く考え、運動のやり方を学んだことも関係しているように思う。読む前はキャパニック本人がすごい、という感じの本なのかと思っていたけど、かれのように有名ではない多数の一般のアスリートたちが何を考え運動に参加したのか、何を経験し、何を学んだのかに踏み込んだ良書。

しかし、2020年のBLM運動について「もっと平和的に抗議すべきだ」と言っていた人たち、キャパニックやかれに追従した多数のアスリートが行った膝を付くというだけの超平和的な抗議に対しても同じようにバッシングをしていたよねえ。