Daniel S. Medwed著「Barred: Why the Innocent Can’t Get Out of Prison」

Barred

Daniel S. Medwed著「Barred: Why the Innocent Can’t Get Out of Prison

タイトルのとおり、無実の人がどうして刑務所から釈放されないのか、さまざまな制度的な理由を説明する本。刑事司法制度の諸問題については近年多数の本が出ていて、その不公正さを批判し改革を訴えるものから警察や刑務所の廃止を主張するものまでさまざまな本をわたしも紹介してきたけれど、この本はそれらよりごく初歩的な、有罪判決を受けたあとで明らかに無実であると証明された人や、有罪とされるのに用いられた証拠が捏造だったり不正なものだと判明した人が、どうしてそれでも釈放されないのか、という疑問に応える。

ひとたび無実の罪で有罪とされ収監された人が釈放を勝ち取るには、控訴のどこかの段階でそれを証明するか、判決確定後に再審を求めて無実の証拠を提示するか、それが無理であれば仮保釈や恩赦を受ける必要がある。本書ではその3つの段階それぞれにおいて、有罪とされた人が無実を証明する機会を実質的に奪われている現状を指摘する。まず第一に、アメリカの刑事事件の95%以上は裁判ではなく司法取引により有罪が決まっているが、これは被疑者が有罪を認めるかわりに検察が罪状や求刑を法的に定められた上限より低くする取り引き。検察にはどのような罪状で起訴するか、どれだけの刑罰を求刑するか決める強い権限があるし、証拠の強さなどの点で情報の非対称性があるので、万が一裁判で負けて何十年、もしくは生涯刑務所で過ごす危険をおかすよりは、数年の収監を受け入れたほうが無実の罪に問われた人でも合理的な判断となってしまう。人種的偏見などにより公平な裁判を受けられない状況ではさらにそうした動機は高まる。しかしやむを得ず選ばされた司法取引であっても、一度有罪を認めた以上は、のちに無罪を証明する証拠が出てきても(たとえば真犯人が捕まったりDNA検査の結果犯人である可能性が否定されても)、有罪を認めたことを取り消すのは困難。

控訴審においては、一審において裁判所が何らかのミスを行ったかどうかが中心に審査されるので、有罪判決後に無罪を示す新たな証拠が出てきても、それを採用させることが難しい。また検察側の不正や公選弁護士が任務を果たさなかったことが示されても、「それが裁判の結果を変えた」とはっきり言えるほどでなければ考慮すらされない。仮に不正が認定されたとしても、元の判決を下した裁判官が再審することが多く、ろくに審議されないまま同じ判決が繰り返される。

判決確定後はさらに無実を証明する機会を得るのが難しくなる。DNA検査が発達した結果、支援団体や特別立法により過去に有罪が確定した人たちの事件の証拠を再調査する取り組みが行われ、多数の人たちが無実だと証明されたけれども、そうした支援を受けられたのは例外的なケース。民間団体のリソースも限られているため、死刑や超長期刑の判決を受けた人たちが優先的に救済されているけれど、刑務所内で亡くなった人や既に刑期を終えて釈放された人たちの中にもDNA検査をしていれば無実が証明された人が多数いるはず。また、真犯人のDNAが現場に残されなかったり、収集されなかった、あるいは適切に保護されなかったために検査ができなかったケースなど、大多数の事件で有罪判決を受けた人たちには同じように科学的な証拠で無実を証明するのは難しい。

仮釈放や恩赦においては、DNA検査の結果無実が証明された人が恩赦されたケースもあるけれども、それ以外では無実を理由に仮釈放や恩赦の対象になることはめったにない。それらの対象になるのは、自ら罪を認めて反省し真面目に更生しようとしている人たちで、一貫して無実を主張している人や、司法取引で有罪を認めたあと無実を主張しだした人など、罪を認めていない人は滅多にその対象にはならない。

刑事裁判において通常は「疑わしきは罰せず」と言うけれども、アメリカの刑事司法は、公正さより迅速さと効率、事件に幕を引くことを優先した結果、ひとたび有罪判決を受けた人は「疑わしき」どころか「ほぼ確実に無実」であっても釈放を勝ち取る機会がほとんどない。本書で取り上げられているケースの多くは民間団体や弁護士たちの助力の結果釈放された幸運な例だけれど、そうした成功例ですら何年〜何十年も刑務所の中から無実を訴えてきた結果であり、とても「無実の人はちゃんと釈放された、制度はうまく機能している」とは言えない。

刑事司法制度にはさまざまな問題があるけれども、「無実であることがほぼ証明された人が釈放されない」という問題ほど、誰が見ても不公正な話はない。著者は改革の試みとして、各地で当選している改革派検察官が行っている内部からの過去の事件の調査と、一部の国や地域で設置されている、調査権限を持った審議機関などを紹介しており、前者はともかく後者について知らなかったのでもっと知りたいと思った。