Daniel Laurison著「Producing Politics: How the Campaign Industry Defines Our Democracy」

Producing Politics

Daniel Laurison著「Producing Politics: How the Campaign Industry Defines Our Democracy

アメリカの選挙陣営を運営する「選挙のプロ」たちがどういう人たちで、どのように選挙を行っているのか説明する本。著者自身も選挙陣営に関わっていた経験のある社会学者で、この本は民主・共和両党の選挙陣営で働く多数の関係者たちへの取材に基づいている。

これまでにも選挙運動の研究は多数行われているけれども、選挙戦術として有効だとはっきりしているのは「自陣営の支持者で」「投票に行くかもしれないし行かないかもしれない」層に対して選挙直前あるいは当日に投票を呼びかける働きかけだけ。多額の選挙資金が郵便物やテレビCMに投じられているけれども、ある程度知名度がある候補がそれらによって得票率を上げる効果はほとんど確認されておらず、かなりの部分は非効率的だと思われる。多数のCMを放映した候補は勝ちやすいけれども、それはもともと勝ちそうな候補だから資金が豊富に集まっているだけだという側面が大きい。最近ではビッグデータを活用して個々の有権者に対して個別のメッセージで訴えかける試みも行われているけれども、いまだにこれといって有効だという確証はない。どうしてそれでも同じ選挙戦術が展開されるのかというと、選挙陣営を運営するプロたちが選挙のたびに各陣営を渡り歩いていて同じような戦術を続けていること、そして選挙運営の手腕と選挙結果の関連はわかりにくいので、先例を踏襲しておけば負けても責任は問われないけれども、独自のことをやった場合負けたら責任を負わされて次の仕事にありつけなくなるという事情もある。

近年、「無党派」と自称する有権者は増えているけれども、実際のところかれらの大部分は民主党か共和党のどちらかに偏っており、その投票行動はどちらかの党を支持すると自認する人たちの行動とほぼ変わらない。つまり本当の中間派はほとんどおらず、中間派や反対陣営の支持者を自陣営に引き寄せる戦略はあまり効果がない。それより、自陣営に近い立場で、しかし常に投票に行くわけではない層を投票に向かわせたほうがずっと効率が良いので、どの陣営もその小さな層に向けた呼びかけに注力する。結果、選挙陣営は目の前の選挙で51%の支持を集めて自陣営の候補を当選させることしか考えておらず、長期的に支持者を増やすことを目指す試みはほとんど行われない。

選挙を運営する人たちはどういう人なのか。かれらは一般社会に比べて白人男性が圧倒的に多く、裕福な家庭出身の人が多い。かれらの多くは親が政治に関係している仕事をしているなどの影響で幼いころから政治に身近に触れており、他の子どもたちがスポーツチームやアイドルに熱中している時期から政治に興味を持つ。にもかかわらず著者が取材した選挙専門家の多くは自分たちの業界はメリトクラシー(能力主義)的だという考えを持っているが、これはかれらの多くがはじめは選挙陣営内の下っ端とされる戸別訪問などをやって徐々に成り上がってきた経験を持つことと繋がっている。しかし非白人や貧困層出身者の多くはそもそも政治をキャリアにしようという発想を抱くような環境で育っていないし、ボランティアや薄給で週80時間労働を続けてようやく上に認められるような業界には家族に資産があって経済的に頼れるようでないとエントリーすらできない。選挙結果から個人の能力を評価することが難しいなか、白人男性的な「アグレッシヴさ」「決断力」などが評価の対象となるけれど、女性や非白人が同じ行動を取ると反感を浴びるので、圧倒的に白人男性が有利。

選挙を運営する人たちと実際の有権者のあいだには政党に関係なく断絶があり、出世するほど有権者との直接の関わりは薄れていく。そのうち多くの専門家は選挙をゲームのように捉えていき、投票率の低い貧困層や非白人たちが存在することすら見えなくなってしまう。投票しない人は現状に満足しているんだろう、というある専門家の発言は、政治が多くの人たちの日常の不満に応答できていないこと、政治に見放されて期待も抱けなくなった人たちが大勢存在することを無視している。政治に関心がある層が保守とリベラルに分極化されていることと、それ以外の層が政治参加の意思を失っていることは、選挙のプロフェッショナル化が生み出した同じ現象の表裏だ。

とはいえ政治の二極化は保守とリベラル双方に同じだけ責任がある対称的な問題ではない、と著者は指摘する。とくに近年、人種やジェンダーに関連した差別意識を刺激し、選挙制度や公衆衛生についてのウソを宣伝することで権力を拡大しようとしてきた共和党側により大きな責任があり、だからこそそれを乗り超えるために民主党の側は選挙のやり方を変えていくべきだ、と主張する。著者が主張するのは、Chloe Maxmin & Canyon Woodward著「Dirt Road Revival: How to Rebuild Rural Politics and Why Our Future Depends On It」の著者が実践したような、有権者との意味ある関係の構築だ。あらかじめ自分たちの側を支持している有権者を確実に投票所に連れていくことだけに集中するのではなく、普段からあらゆる背景のある有権者との対話を通じて関係を築き、長期的に支持を広げていくという試み。そのためには選挙運動員の労働環境を改善してより多様な運動員を採用・育成していく必要がある。一見ほかの専門家と同じ外見の白人男性としてインナー・サークルに入っていたけれども実はトランス男性としてその状況を批判的に見つめていた著者の鋭い分析がいい。