Craig Seligman著「Who Does That Bitch Think She Is?: Doris Fish and the Rise of Drag」

Who Does That Bitch Think She Is?

Craig Seligman著「Who Does That Bitch Think She Is?: Doris Fish and the Rise of Drag

1970年代から1980年代にかけてシドニーとサンフランシスコのゲイシーンで活躍し、カルト映画「Vegas in Space」への出演でも知られるオーストラリア生まれのドラァグクイーン・俳優・セックスワーカー・アーティスト、ドリス・フィッシュについての伝記。著者はサンフランシスコのシーンを新人ジャーナリストとして見てきた人で、ドリスと一緒に活動していた経験もあり1977年にサンフランシスコ市議選挙ではハーヴェイ・ミルクの立候補に対抗してダダイスト的な非公式選挙無意味化運動を行ったことで知られるアーティストのシルヴァナ・ノヴァは著者のパートナー。

物語は1970年代初頭のシドニーのゲイシーンから始まる。当時サンフランシスコではじまっていた、ただゴージャスな女性を模倣するのではなくジェンダーを撹乱するタイプの新しいドラァグパフォーマンスの影響を受けたドリスやその仲間たちは、そのスタイルを輸入して発展させるとともに、セックスワークによってお金を稼いではサンフランシスコのコミュニティに出入りするようになる。パフォーマンスやプロデュースの才能があったドリスは注目を集め、サンフランシスコのドラァグシーンの代表格の一人とみなされるようになる。

1970年代前半、アメリカの大都市では同性愛者の権利を保護する条例が議論されるなど、同性愛者にとって状況は好転しはじめていたけれども、後半になると保守活動家アニタ・ブライアントの活躍などによりバックラッシュが深刻化し、同性愛者に対する風当たりは厳しくなる。そういうなかゲイ活動家の一部は自分たちが平等の権利を勝ち取るためには同性愛者は異性愛者と同じ普通の人間だと示す必要があるとし、ドラァグは同性愛者に対するステレオタイプや偏見を助長するとして否定しようとする動きが生まれた。また同時期、一部のフェミニストたちはドラァグは女性のステレオタイプを嘲笑する侮辱的な表現だとして同じくドラァグを批判した。それに対してドリスたちドラァグ周辺の人たちもコミュニティケーブル局の番組などにおける挑発的なパフォーマンスを通して自分たちの独自の表現を追求した。

1980年代に入るとHIV/AIDS危機が勃発、当初はなんの情報もなくただ仲間たちが次々と病に倒れ亡くなっていくことを経験し、どうやら危険な感染症が広まっているという事実が認識されるようになってもドリスをはじめ多くの人たちはその事実を受け入れるのに時間を費やした。しかし危機に対する認識が深まると、ドラァグの是非をめぐって分裂していたゲイコミュニティは再結集、ドラァグを否定していたレズビアンフェミニストたちや異性愛者のフェミニストたちも協力し、病気になったゲイ男性たちの生活を支えたりコミュニティへの啓蒙活動などに奔走した。ドリス自身も1980年代中盤までには自身のHIV感染を自覚しながら、仲間を救済するための資金集めのためのイベントを開くなどした。

著者はここで、HIV/AIDS危機についてのわたしたちの記憶がニューヨークを中心とした東部のもの、すなわちパンデミックを放置して犠牲者を増やした行政と、それにアート直接行動で抵抗したACT-UPの活動といった図式に偏っていることを指摘する。ニューヨークと違いサンフランシスコでは、市議から市長となったダイアン・ファインスタイン現連邦上院議員やハーヴェイ・ミルク市議ら同性愛者の権利に好意的な政治家たちが当選し、HIV/AIDS危機に対しても迅速に動いた結果、公衆衛生行政とコミュニティのあいだにそこまでの対立構造は生まれず、ACT-UPの支部もそれほど大きくはならなかった(ちなみに現在ACT-UPサンフランシスコ支部を自称するグループは、HIVがAIDSの原因であることを否定する陰謀論者の集団となっている)。

わたしがクィアコミュニティに関わりだしたのは2000年代以降のことなので、ドリスが活動していた1970年代から1980年代の様子は直接経験していないし、そもそもゲイ男性のコミュニティやドラァグクイーンのシーンにもそれほど繋がりを持たない(ドラァグキング系のコミュニティにはわりと関わっていたというか、以前は知り合いにドラァグキングのパフォーマンスをやる人がたくさんいた)ので、同じクィアコミュニティといってもあまり知らないことが多く、いろいろなことが学べて興味深かった。ていうか個人的には著者のパートナーのアート活動の方が気になっているんだけど、今月シアトルに著者がパートナーと一緒に来るらしいので、その時できたら話を聞きたいと思っている。しかしHIV/AIDS危機のまっただなか、かつて人気だったパフォーマーが次々に亡くなっていくなかで過去のイベントの10周年イベントを開催して「これが最後の同窓会」って宣伝するのって、ブラックユーモアすごすぎるだろ…