Benjamin C. Waterhouse著「One Day I’ll Work for Myself: The Dream and Delusion That Conquered America」

One Day I'll Work for Myself

Benjamin C. Waterhouse著「One Day I’ll Work for Myself: The Dream and Delusion That Conquered America

アメリカにおいて「創業者精神」が称賛され、中小企業支援が両政党に共通する政策とされているアメリカにおいて、差別などにより機会を与えられない人たちにとって起業が一つの生存戦略となる一方、フランチャイズ・システムやマルチ商法、そしてuberをはじめとするギグ・エコノミーなどを通して「創業者精神」が経済的搾取を覆い隠している仕組みを、中小企業やそれをめぐる政治の歴史をたどることで明らかにする本。著者はノースカロライナ大学の歴史学者。

そもそもアメリカで大企業が生まれ強い影響力を得るようになったのは19世紀から20世紀にかけてのことで、それまでは大勢の奴隷を労働力として抱えた農場を例外として小規模な自営業や家族経営のビジネスがほとんどだった。石油や鉄道などの業界において独占企業が登場すると、その史配力に対抗して労働運動が活発となったが、フランクリン・ルーズヴェルト大統領によるニューディール政策は資本主義の枠内で労働者の保護を実施。実際にその保護の対象となったのは主に白人男性だけだったが、第二次大戦後の好景気のなか、大企業が中小企業を買収しますます大きくなっていくことに対する批判もあったけれども、労働者にとっての経済的な安定とは労働組合に守られた大企業に就職し会社の繁栄に便乗することだった。そこから排除された黒人や女性たちによる運動は、就職差別を禁止することでそうした機会を自分たちにも広げようとするものだった。

しかし日本など新興国との貿易競争やオイル・ショックによる不況などにより大企業に余裕がなくなると、政府の規制を削減するとともに労働組合を切り捨て企業の競争力を回復しようとする政治的な動きが広がった。創業者精神がアメリカ社会の土台である、という思想が広められたのは、大企業や政府が労働者に対して与えていた庇護を取り上げていくのと同時だった。またニクソン政権は一部の黒人指導者らと協力し、差別撤廃ではなく黒人たちが起業し自分たちの経済的な力を増やしていくブラック・キャピタリズムの思想を推進する。Thomas Healy著「Soul City: Race, Equality, and the Lost Dream of an American Utopia」に描かれたソウル・シティの計画やMarcia Catelain著「Franchise: The Golden Arches in Black America」に書かれた黒人フランチャイジーの物語もそういうなかで生まれた。

もともと就職機会に恵まれない黒人や女性がフランチャイズや内職に追い込まれる一方、労働条件が悪化し経済格差が拡大するなか、白人男性労働者たちのあいだでも自ら起業し自分の人生を取り戻すべきだ、という考えが広まる。きちんとしたビジネスを始めるだけの資金やノウハウがあればいいのだけれど、そうでない人は「自営業と企業勤務のいいとこ取り」と宣伝されたフランチャイズ・システムや、努力すれば努力するほど報われ成功できると称するマルチ商法に誘い込まれていく。さらに最近ではそうした人たちがアプリを通して運転手やデリバリーの仕事を請け負うギグ・エコノミーに進出する。これらの業態に共通しているのは、利益を上部組織に吸い上げられる一方、病気のときの生活を含めたリスクやコストを労働者本人が負担させられていること。自立の名目のもと、多くの人たちがより過酷な労働に追い込まれている。

本書はこうした労働市場の変化とともに、中小企業を代表すると称する政治勢力がどのように影響力を得たのか、それに両政党がどう対応したのかなど、しっかり歴史をたどりつつ(配管工ジョー、懐かしかった)、創業者精神を称賛する思想が経済的な状況に応じて生まれ、政治的な理由で広められてきたことを指し示す。思っていたよりしっかり歴史学をやりつつ、政治的な示唆にも富んでいる本だった。